誰がケーキを食べたのか
楽しみにしていたのに。
冷蔵庫の扉を開けた私は、そのまま硬直していた。入れてあったはずの私のケーキが、何者かに食べられ、なくなっていた。
いったい誰が食べたのか。そんなもの、妹に決まっている。うちの家族で、一度に二個も食べるような食欲があるのは、私を除けば妹しかいない。
いやいや、いかんいかん。私は頭を振った。
私はパズルとミステリを愛する文学少女だ。そんな状況証拠だけで妹を犯人と見なしてはいけない。物的証拠か、せめて論理的証拠をつかまなくては、私のプライドが許さない。
容疑者は三人、父と、母と、妹だ。
私はまず、妹の部屋に突撃し、詰問した。
「あのケーキなら、さっきお母さんが食べてたよ」
と、妹は答えた。
「本当でしょうね?」
「本当本当」
ひとまず信じてやろう。
次に私は、リビングで母に詰め寄った。
「私じゃなくて、お父さんよ」
「お父さんがケーキなんて食べる?」
「そういうときもあるわよ」
そんなときがあるとは思えなかったが、私は念のため、父にも確認した。
「俺が食べるわけないだろう」
「うん、だよね」
「じゃあなんで聞いたんだ」
「パズルを完成させるため、かな」
「は?」
父の部屋を辞した私は、廊下で腕組みをして、ほくそ笑んだ。
パズルとミステリをこよなく愛する天才美少女の私は、三人の短い証言から、犯人を導き出せることに気が付いたのだ。
前提を確認しよう。容疑者は三人で、犯人は一人。犯人は嘘をつき、他の二人は真実を話していると考えられる。
仮に、父が犯人だとしよう。すると、妹の発言(お母さんが食べた)と矛盾する。つまり、父は犯人ではない。
次に妹が犯人だとすると、今度は母の発言(お父さんが食べた)と矛盾する。よって妹も犯人ではない。
最後に母が犯人だと仮定しよう。すると妹の発言とも、父の発言とも、一切矛盾しない。
「つまり、犯人はお母さん! あなただ!」
「あら、ばれちゃったわね」と母は微笑み、続けた。「でもね、世の中には真実を話す犯人もいるのよ。ね?」
いつの間にかリビングに来ていた妹に、母が視線を投げた。
私は不意に気が付いた。妹は「母が食べた」とは言ったが「自分は食べてない」とは言っていない。嘘つきは一人だけだったが、犯人は二人いたのだ。
脱兎のごとく駆け出した妹を、私は獅子のように追いかけた。あのやろう、母を売って自分は助かる気でいやがった。