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『長生きして下さい』

こんにちは、ぱんだごろごろです。
来月、奈良県へ一泊旅行をするために、今、準備をすすめています。

観光旅行ではありません。
もちろん時間が余ったら、どこかお寺でも、仏像でも、見ることができたらとは思いますが、今回の旅行の目的は、お見舞いです。

ご機嫌伺い、だと良かったのですが。
何通かお手紙をもらう中で、入退院を繰り返している、としか思えない記述が続きました。

さりげなく病名も書いてあって、だから心配は要りません、回復しつつあるのでご放念ください、と言われて、考えました。

心配するなという言葉をうのみにして、一年半後、定年退職したら、会いに行こうと思っていたけれど、それでは遅いのではないか。

このまま一度も会えずに、ご縁が切れてしまう可能性って、けっこう高いのではないかしら。

はじめてお目にかかるのが遺影のお顔だなんて、悪い冗談はやめて欲しい。



このお相手のかたと云うのは、私の恩師の紹介でご縁のできた方で、昭和7年生まれですから、御年92歳になる老婦人です。

一昨年の末頃からお手紙でのやりとりを始め、以来ずっと文通を続けてきました。

90歳過ぎても一人暮らしを続けている方だけあって、矍鑠かくしゃくとした老婦人という印象でした。
ところが、今年に入って、お返事の来るのが遅くなり、入院して手術したこと、具合を悪くして、ご長女様宅で静養していたことがわかりました。

定年退職したら会いに行こうと思っていたけれど、もしかしたら、それでは遅いのかもしれない。

にわかにその思いが湧いてきました。

そもそも、なぜ、退職したら会いに行こうと思っていたのかな。

私の仕事がなくなって、夫との予定を合わせやすいからだ。


なぜ、夫と予定を合わせなければならないのかな。

夫と一緒に行こうと思っていたから。
夫は何でも私と一緒に行動することを好む人だから。

では、夫抜きで、私ひとりで奈良へ行くことはできないのかな。
それなら、定年を待たなくても、今、有給休暇を使って、お相手の都合に合わせて、一泊で帰ってくることができます。

このまま、一年半を待つうちに、老婦人の病状が進み、取り返しのつかないことになったら。

今、ひとりでなら、新幹線に乗って、老婦人のご自宅を訪ね、実際に顔を合わせて、言葉を交わすことができるのです。


そこまで考えて、夫に切り出しました。

何か言うかなとも思いましたが、あっさり賛成してくれました。


もう二度と会えなくなるかもしれないひとに、一度会っておきたい。

あの時行っておけばと、後悔しないように。

夫の快諾の原因として、私には、思い当たることがありました。


先日、夫のもと同僚の奥さまがお亡くなりになったのです。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)だったそうです。

奥さまのろれつが回らないと気付いて、病院を訪ねて、それから後は、あっという間だったそうです。

まだ60代だったため、病気の進行も速かったのでしょう。

夫のもと同僚だったその方は、奥さまのためにあらゆる手立てを講じましたが、異変に気付いてから一年余り後、奥さまはこの世を去りました。

夫は、仕事上だけでなく、実生活でもその方と親しくしていたため、奥さまの病気の進み具合をその都度聞かされていたようでした。

ついこの間まで、元気に動き回っていた人が、あっという間に寝たきりになってしまう。

定年後、そろそろ仕事をセーブして、夫婦の時間を大切にしようと思っていた矢先の出来事だったそうです。

年齢も職歴もよく似ている同僚の身の上に起こった、突然の不幸でした。


お通夜に出席して帰って来たあと、食堂の椅子に座った夫は、ちょっと辺りを見回すようにしてから、向かい側に座っている私に、

『長生きして下さい』


と言いました。



不器用な人。
私の家系は皆長寿なのに。
心配要らない。
大丈夫なのに。


『はい』
私は、夫の顔を見て、頷きました。





今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。


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ぱんだごろごろ
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