回想 第四章 164
第164回
「たしかにそんな話し振りでしたね。」
「わかりますか?これはもう何百回と繰り返し話してきた内容なんですよ。」
「誰に話してきたんです?」
「これは特に今日あなたに対してわたしは話す必要があったんです。」影はここで一息ついた。「詩人さん、あなたは今までの宣教活動のなかで、ただのひとりもあなたの説く神の道へ導くことができませんでしたね?誰もあなたの話を聞いて神を信仰しませんでしたよね。なぜだかおわかりになりますか?なぜあなたはことごとく失敗してきたのか、わかりますか?」
「もちろん」詩人は苦しそうに認めた。「わたしが未熟だからです。」
「ああ、詩人さん。当然それもあるでしょう。あなたはとても謙虚な人ですね!でもそれだけじゃあないんです。けっしてそれだけじゃああなたのあんな努力の前で、あなたの話を簡単に無視することはできませんよ。そうじゃなくて彼らはひとり残らずあなたの話を聞かないよう説得されていたんです。」
「どういう意味です?」
「いろんな理由でもし誰かがあなたの語る神の話に少しでも耳を傾け始めようとすると、わたしがわざわざ出向いていって、今あなたに話したようなことを彼らに話して聞かせたんです。熱意を込めてね(少なくとも彼らはわたしがふざけているとは思いませんでしたよ)。わたしは彼らに『神を信仰するような人間はみんな家畜だ』とののしってやったんです。そして命をかけて闘う人生がどれだけ充実しているか教えてやるんです。それにしても、ああ詩人さん!人間に『革命』とか、『人類の発展』とか、『精神の気高さ』といった話に興奮を覚えないものがいますか?人間はみんな普段から自分で自分を実際以上に大きな人間に見立てているものなんです。自分をニワトリやブタと同じように見られることに想像もつかないくらいの侮辱を感じるものなんです!社会の底辺で虐げられている人間はもちろん、平和ボケで他人の痛みにまったく想像力を働かせられない人間までもこういった話に敏感に反応してくるものです(もちろんだからといって、それにともなって行動するかどうかは疑わしいですけど)。ためしに心の弱い人間に、自己犠牲に富んだヒロイックな話を聞かせてごらんさい。たちまち自分をその役に置き換えて精神の昂揚をおぼえ、その美しさに陶酔することでしょう。そして彼らのいる状況を家畜となぞらえてあげてみてください。たちまちにして彼らは憤慨し、持ってもいない勇気を持っていると吹聴することでしょう。こういう言葉には何か魔法のような効果があって、人を一晩で伝説の騎士にでも仕立て上げることができるんです。もちろん想像の中でだけですけどね。」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?