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回想 第二章 87

第87回
 人々のこういううわさは詩人の耳にも入ってきた。しかしそれに対して誰にも否定も肯定もしなかった。ただ今まで以上に、詩人は時間を惜しむように掃除婦に付きまとうようになった。そしてそのうちにうわさは施設内で何度も何度も繰り返し語られ、繰り返されるうちに人々のあいだではうわさは真実となり、今まで掃除婦に集められていた同情は非難に変わり、詩人と同様に不道徳な人間として扱われ始めた。
 「それにしても、詩人さんも詩人さんだけど、掃除婦も掃除婦だよ!」瓜実顔の老婆が憎々しげに言った。「こうならないようにちゃんと前もって準備しとくべきだったのさ。十代の娘じゃないんだから!」
 「いや、この場合男の詩人さんに八割の非があるだろう。」白髪の老人が弁護した。「掃除婦はやっぱりどう考えても受身だからね。男がしっかりしなくちゃ。」
 「そうかねえ!」顔にイボのある老婆が反発した。「やっぱりお互い合意の上のことなんだから、掃除婦にもやっぱり非はあるさ。」
 「そうだよ。生娘じゃあるまいし!」瓜実顔が繰り返した。「せっかく心配してやったのに、ただの自分の不始末だったとはねえ。おお、けがらわしい。まったくおそろしい世の中だよ!不純な老年ほど見苦しいものはないからね。」
 施設の人々の白い目にさらされ、掃除婦は身の置き場も見つけられないくらいに恐縮してしまったが、日々の掃除は欠かさなかった。掃除をすることで肩身の狭くなった自分の支えにしているかのようであった。しかしおなかが大きくなるにつれて体はやつれていき、もう満足に掃除もできなくなってきていた。ほうきを持っても、体を支えるのがやっとで、重いため息ばかり吐いていた。窓ガラスを拭いても、一枚終えるたびに休息しなければ息が続かなかった。水の入ったバケツはもう運ぶこともできなくなった。そんなときは詩人が代わりに掃除を手伝ってやったりしていたが、その詩人とも話すことをせず、ただぼう然とその横で立ち尽くしていた。

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