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回想 第三章 104

第104回
 翌日、真っ青な空から焦がすような陽気が真上から箱を照らし、室内をむせかえすように暑くしたとき、王は汗まみれになって起き上がり水を一杯すくって口にふくんだ。そしてもう樽の中の水が、部屋が揺れるたびに底が見えかくれするくらいに減ってしまっているのに気付いた。この暑さではすぐにでも干上がってしまいそうだ!王はつぶやいた。さらに王自身が渇きに悩まされた。暑さで汗はどんどんとふき出してくるのだが、かんたんに補給することはゆるされない。汗がしたたり落ちるのを見るつど、渇きは何倍にも感じられた。欲望を抑制することに慣れない王は、このジレンマに身もだえして苦しんだ。そして飲んではいけないと思い、がまんしようとすればするほど樽が空になるまで飲みたくなった。注意をそらすため王は大声で歌ったり部屋中を飛び跳ねたりしてみたが、離れれば離れるほど近寄りたくなり、忘れようとすればするほど残り少ない樽の水が気にかかった。二通りの考えが、下から火であぶられているかのように、王のあたまの中を暴れながらぐるぐるとかけめぐる。一つ目の考えは、王にいさぎよいあきらめをうながしていた。「そんな少しの水を残しておいてもどうなるもんでもない。かえって目障りなもんさ。その少しの水のせいで精神を常にかき乱されるのはとても健康なこととは思えないな。あるから苦しむのさ。なくなってしまえばすくなくともこの誘惑はなくなるんだから。だからいっそのこと飲んでしまえばいいのさ。だいたいこんなに少しの水を残しておいたって状況はたいして変わりやしないよ。」それに対してふたつ目の考えは冷静になるよう訴えた。「たとえどれだけ少なくなっても水は水だよ。飲まなくても口をゆすぐくらいはできるんだから。でもなくなってしまえばそれでもうおしまいさ。どれだけ求めたってどこからも一滴もわいてきやしないんだよ。なんの先の見通しもないまま水を飲みほすのはむちゃだよ。危険だよ。だって確実にわかっているのはこの先も水は必要だってことなんだ。だからここは残しておくにかぎるね。」「でもこんな残り少ない水で何が期待できるって言うんだ?」「でもないよりはましだろう?」「いや、ないほうがましだね。今いっきに飲んでしまえば、もう飲もうか飲むまいかで悩まなくていいじゃないか!」「死ぬくらいなら悩めばいいさ。水はとにかく必要なものだっていうことがわからないのか?」「わかるよわかるけどのどがからからなんだ。水がのみたいんだよ!」「がまんだ!がまんがひつようなんだ!」「あのみずがきにかかるんだ!なんとかしてくれ!」「わすれろ!わすれろ!」「ああ、なぜこんなちっぽけなりょうのみずものんじゃいけないんだ?なぜだ?ちょっとじゃないか。なぜわるいんだ?こんなみずものんじゃいけないのか?みずをのむのはそんなにわるいことなのか?」

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