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回想 第五章 191

第191回
 部屋に戻ると、駅長は窓の外を見た。木が風に揺れ、鳥が軽やかに舞っていた。少し朝の風が駅長には冷たかったが、駅長は窓を閉めることもせず、空の青と地上の緑をながめていた。風邪を引いても治す心配もない。遠くをながめていると、うっすらとだが一番遠く見える山の裏から、ひとすじの煙があがっているような気がした。気のせいかしら?駅長は目をこらしてみた。確かに煙のようだ。すると本当に焼かれているのだろうか?駅長はまたため息をついた。
 そのときとびらが開いて、坊主が自分の頭を陽気になでながら入ってきた。そして駅長の横に並ぶと、一緒になって景色をながめだした。
 「あれは、」坊主は駅長の見ているものに気づくと、遠くを指差しながら言った。「煙じゃないか?」
 おそらくそうだろう、と駅長が答えると、坊主は少し感心しながら言った。
 「本当か?信じられんな。あいつらもうあんなに遠くまで運んでいったのか?しかし本当に焼く場所なんてあるのかな?わしはいままで実際に煙を見るのは初めてだぞ。あれが本当の煙なら、昨日までここにいた詩人さんは、煤になってあんなふうに飛び散ってるんだな。」
 ここまで言うと坊主は駅長の顔をちらと見て、また煙の方を向いて口をつぐんだ。坊主は話題を変えた。
 「駅長さん、あんたは昨日いなかったから知らないだろうが、あのうそつきのやつ、いま住人たちのあいだを立ち回って何をやってるか知ってるか?」
 駅長が知らない、と答えると、坊主はあきれたように話をつづけた。
 「あいつこの施設でいままでの詩人さんのようになろうとしてるんだ。詩人さんの代わりに神の教えを説いて回ってやがるんだ!その意図はわしもよくわからんが、詩人さんのできなかったことを、どうもやり遂げようとしているらしい。もちろんあいつの神と詩人さんのはちょっと違うと思うんだがな。とにかくあいつ妙に張り切っていたよ。手当たり次第に人を集めては、あいつのあの神とのなれそめの話を始めやがるんだ。目にいっぱい涙をためてだよ!そしてさいごに『神を信じろ。そうすればわしみたいに魂を救われる』ってぬかしてやがるんだ。どうだい、これは?おかしな話だろう?どうして詩人さんにできなかったことがあんなやつにできると思ったのかねえ?もちろんいまのところあいつの話に耳をかたむけるやつなんかいないよ。せいぜいからだの動かせないやつらくらいさ、おとなしく聞いているのは。だがね、」坊主は声をひそめた。「ここだけの話だが、もしかするとあいつ、詩人さんよりも信者を増やす事ができるかもしれないよ。なぜだかわかるかい?あいつと詩人さんの決定的な違いは、やつが聞き手の恐怖をあおっている事なんだ。まったくずるいやつだ!聞いている人間に、神を信じない人間はどんなひどい目にあうか、を延々と語るんだ。やつの話だと、神を信じない人間は死んだがさいご、あたまの先から足の指まで細かく刻まれるんだってさ!それももうすぐ死ぬような人間ばかりねらって話を聞かせてるんだ。」
 駅長は遠くに立ち上る煙を見ながら憂鬱な気分になった。
 「それからね、」坊主はまだ話をつづけたそうにそわそわとしていた。「ここだけの話だが、どうもあいつはわしがこれから毎朝、朝礼台の上に立たれるのが不満らしいんだ。詩人さんのあとにわしみたいな坊主に立たれるのが嫌らしい。あいつは自分こそがあそこに立つふさわしい人間だと思っているんだよ。これはきっとそうに違いない!きっとそうだよ。だってあいつ恥ずかしげもなくわしに『あの朝礼の役の任期はどれくらいか?』って尋ねてきたんだ。あいつはあそこから信仰のための大号令を下したいのさ!」

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