回想 第四章 162
第162回
詩人はやはり黙っていた。影は話しつづける。
「この考えは賢明な人の頭では必ず一度はあらわれるものですが、そのままこの考えをつきつめることになにか罪悪感を感じて止めてしまうんですね。でもここには重大な真実が含まれているんです!平和は安定を作り出し、安定は一部の人間に富をもたらし、そしてこの富が人間を利己的にし、最後には心を腐らせていくのです。腐った心は伝染しやすく、やがて富を持っていないものにまでひろがっていく。少しでも集まった富に対してヒステリックになり、少しでもこの財産が減らないか心配になり、それを守るためにどんな卑怯なことにまで手を染めるんです。この財産のためなら平気で子供を蹴飛ばし、老婆をだますことができるんです。ここには気高い心が育つ余地がないんですね。恥じる様子もなく『金で買えないものはない』とか『金儲けのどこが悪い』と開き直る人間を育てることになるんです。そして彼らは貯めこんだ富を手放さないためにどんなウソでもつくことでしょう。反対に高遠な理想を抱いた戦争は国民を一致団結させ、国民ひとりひとりを階級の別なく、その戦争の目的によって感激させ、さらにその誇りを刺激し、少々の貧苦をも乗り越えさせてしまうんです。『自分は人類の発展のために寄与している』と感激できる国民こそ幸せなのです!このような意識が国に躍動感を与えて、平和時には考えもつかないような発展を遂げることができるんです。高い理想が国民ひとりひとりの姿勢を正させ、高貴な心を育てるのです。たしかに平和時にもこのような高貴な心を抱いた人間はいるでしょう。でも彼らは決まって心の堕落した人間に冷笑でもって迎えられることとなるのです。あくせくする人間を見下し、高い理想を単なる妄想と揶揄し、ひたむきさを滑稽と解釈するのです!ここでは気高い人間は迫害されるだけで、不誠実な人間が拍手でもって迎えられるのです!平和を愛する人間たちには理解できない人種になってしまうのです!ゆっくりとした温かい時の流れのなかでは、人は冷笑的になってしまうのです。懸命に人類の発展について語る人間に向かって、薄ら笑いを浮かべ尊大に構えてバカにした態度であしらうのです!」
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