回想 第三章 109
第109回
一番近くにいるまだ若い男は、足もとにある泥を払いのけながら足にからまる木の枝を口汚くののしっていた。そのすぐ横にいる老婆も腰をかがめて、「孫に会いたい」と、うんうんうなっていた。老人は王の手をとって、足の踏み場もないくらいにひしめきあっているこれらの人たちの間をぬって、どんどんと奥の方へと案内した。足場はぬるぬるとすべる上に無数にからまりあう木の根でおうとつがはげしく歩きにくい。王の両側にいる人たちは、王に気づくことなく、無心に自分たちの足をいじくっていた。
「ほら、あそこにいる顔中ひげだらけのやつ、あいつがさっき言った大悪党だ。人のものを盗んだあげくとちゅう何人もの人間を殺して追われているときにここで足を引っかけてしまったんだ。ヘ、へ。でもここが悪い人間だけを選んでこらしめる場所と思ったら間違いだ。ここにはそら、あそこ、りりしい顔をした若者がいるだろ?あれなんかこのあたり一帯を立派に治めていたいわゆる王様だ。四百年くらい前にここに来たんだが、それまでは貧しい人間を救ってやったり、町を発展させたりとみんなから慕われていたんだが、ある時ある子供の犬がこの森に迷い込んだときに、奇特なもんでこの王みずから一緒に犬を探すのを手伝ってやってな、そのまま帰れなくなったんだ。そら、その横にいるその子供、そいつと一緒にな。」
その青年の王は歯ぎしりしながら足をひねくっていたし、その横の少年は、犬のこともすっかりと忘れた様子で泣きながら泥の中の足をまさぐっていた。
「なんのために?」王はやっとの思いでこれだけたずねることができた。
「なんのため?」老人は立ち止まって、またバカにしたように笑った。「へ、へ。別にこれといって理由はないさ。でもいずれそのうちわかるようになるだろう。あんただっていつか王になったとき、何の理由もなしにただただそういう気分になっただけで他人を傷つけたりするようになるのさ。そんなときになって誰かから『どうして?』って尋ねられることもあるかもしれないが、あんたにはおそらく答えることができないだろうな。まあしいて言えば、子供が『そこからどんな体液が出てくるのか』とか『つぶれるときにどんな音がするんだろう』とかいうたあいない理由だけで地面を這いつく虫をふみつぶすようなもんだろう。『そいつらより完全に強い』、とか『そいつらの生命をいつでも自分の自由にできる』、とかなにかそういった優越感がそんなことをさせるのかもしれないな。」
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