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回想 第五章 183
第183回
「それにしても、あいつらは棺桶をどこまで運んでいくんだ?」うそつきが尋ねた。
「ここから少し離れたところに火葬場があるらしい。」坊主が棺桶から目を離さずに答えた。「そこまで引っ張っていくそうなんだが本当のところはどうかわからん。噂ではあいつら適当なところで棺桶を捨てているそうだ。だいいちこの辺りで火葬の煙を見たことがない。」
「でもまあ死んじまったらどうされようが同じだろうけどね。」うそつきがあきらめたように言った。
三人は棺桶が見えなくなるまでながめていた。駅長は、もうすぐ自分も同じようにあのふたりに引っ張られていくのだろうと想像した。しかし詩人よりも背の低い駅長は、つま先が棺桶からはみ出る心配はないと思った。
「そういえば、」坊主は言った。「遺書はなかったのかな?」
「なかったそうだよ。」うそつきが答えた。「なんにもなかったそうだ。書くにしても何を書いたらいいか検討もつかなかったんじゃないか?きっと誰にも何も書き残す事がなかったんだろう。坊主さん、あんたなら何か書き残したいことがあるか?」
「ある。」坊主は得意げに答えた。「別に遺書として残すほどのものでもないが、わしが呪いたいくらい嫌いな人間たちに宛てて書いてみたんだ。わしがどれだけやつらのせいでひどい人生をすごさなけりゃならなくなったか、どれだけ迷惑をこうむったか、それをひとつずつ挙げていってやった。住所もみんなちゃんと調べといたから、わしが死んだその日にそいつらみんなに送られるようにしておいた。なかにはもう五十年もあってないやつもいるけどね。ヘ、へ。」
「じゃあ駅長さんは?」
駅長は返事をしなかった。駅長は、遺書を書くということを今まで思いつかなかった。遺書を書くとしたら何を書こうかしら?二日後に迫った人生の終わりで何か書くべきことがあるか考えてみた。でもそもそも遺書なんて何のために書くものなのかしら?駅長は思った。書くとしたら何を書けばよいのだろう?ここの他の住人と同じように、当然のことながら残すものもないしその相手もいない。では遺書など必要ないように思われる。でも死後何か書き残しておきたいような気もする。書き残しておけば、このままチリのように消えてしまうより安心感がある。かといって自分が死んでしまった後の世界に何を書いてもそれは必要のないもののようにも思われる。でも関係あるようにも考えられる。