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回想 第三章 120

第120回
 だから王がバターの卵をとり上げて、ひまつぶしに話し始めた王の個人的な話はおそらく王にとって生まれて初めてのものだった。バターは、かさかさにかわいた王の唇から音をたてて吸われる自分の卵をうらめしそうにながめながら王の話におとなしく耳をかたむけた。それはいままで誰にも語られたことのなかった、当時女王だった王の母の死についてであった。
 「わしのおふくろはな、王だったおやじがまだわしが幼いころ病気で突然死んだあとに、おやじの代役として女王になったんだ。おやじは病気がちだったみたいだが、おふくろはそれこそ人を治めるために産まれてきたような強い女でな、女だからといってバカにするようなやつがいればすぐにそいつの首ははねられたもんさ。はじめおふくろが女王になったとき、まわりの人間はどうやっておふくろを自分の影響下におくか、それとももっと直接的にどうやっておふくろを押しのけようかそんなこと考えるやつらばかりだったんだ。そいつらにとったら女が王になったことが、自分たちがのしあがるための絶好のチャンスにみえたんだろうな。いじわるいやつだと『女なんかに政治ができるか』とか『そのうち泣き言でもいって誰かにすがりつくだろう』とかおふくろの耳に聞こえるように陰口をたたくやつもいたもんだ。でもおふくろはそんな陰口にも眉ひとつぴくりとも動かさない。かえって相手に笑顔さえ見せてやっておった。そして周到に用意したんだ。例えばあるときその陰口をたたいた大臣の家で夜中に突然叫び声が聞こえた。家中大騒ぎになって原因を探ってみると、大臣の幼い息子が手から血をふき出しながら泣き叫んでる。見てみると指を一本切り落とされていたんだ。翌日大臣があおい顔をして会議に出てみるとおふくろから小さなふくろを手渡された。開けてみてそこに入ってるものを見つけると大臣は女みたいにみじかく悲鳴をあげよった。ク、ク。『さがしものでしょう?』おふくろは大臣に言ってやったんだ、『大事なものなんでしょう?こんどはなくさないよう気をつけてあげなさい』って。ヒ、ヒ。あとほかに、おふくろにくちばしばかりはさんでくるやつの場合は、その男は男色家だったんだが、その密会現場をそいつの妻と娘におさえさせて、あらゆる軽蔑の言葉を投げかけさせて、そいつがすっぱだかでうろたえてるところにゆっくりとおふくろが出ていってな、わざと何にも気づいていないふりをして、昼間に話してた仕事の用件とかを真剣にきりだすんだ。ハ、ハ、ハ。そしてあたふたしているそいつを目の前に、自分の思い通りに用件を進めていったんだ。半年もするともう誰もおふくろにはむかうやつはいなくなったな。たとえいたとしてもすぐにそいつの行動はおさえられ、二度と起き上がれないくらいに叩きのめされるか、この世から消え去るか、ふたつにひとつだった。あのうむを言わせぬ行動の速さは見習うべきだと思ったよ。そんなおふくろにはわしもずいぶんと鍛えられたもんだ。」

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