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『追憶の余韻』【第二章・後】~ひとりかくれんぼ大作戦~【Yの葛藤】


2014年06月01日

『追憶の余韻』シリーズ
~ひとりかくれんぼ大作戦~

第二章『Yの葛藤』
~夢とうつつの狭間に~

後編

『三時になりました、ひとりかくれんぼ…開始します』

トランシーバからKさんの合図が聞こえる

俺は真っ暗な寝室の真っ暗なクローゼットの中に籠り、次の合図を待っていた。

二人でやったら『ひとりかくれんぼ』じゃないじゃん?

と思われる方に言い訳しておくと

このイベントはあくまでも『一人』が基本なのだ。

例えば同時刻に二人が別々の離れた場所(家)で『ひとりかくれんぼ』をしたとすると

これは二人でやっているといえるだろうか?

複数でやるひとりかくれんぼは確かにありますが、

それは一つの人形を相手に二人が同じ屋内で隠れる場合のやり方なのだ。

今回のは厳密に言えば違う

同じ屋内だが、俺は俺で、KさんはKさんで、単独のひとりかくれんぼを実行しているだけなのだ。
だから始める時間も、人形も、隠れる場所も別々で、

俺は俺で完全に孤立した場所に一人でいる

部屋は怖いくらい静かで、『シーン』とゆう無音が音として聞こえてくる程だった

しかしなぜか、今は自分でも驚くくらい落ち着いている。

部屋内は確かに不気味だったが、今は外の様子も見えないクローゼットの中で
少し窮屈で、息苦しいが、あまりにも想像を促す情報が少ないので、恐怖感を感じるキッカケがないのだ。


俺は隠れ場所ないを撮影したり、動画を撮ったりしながら、自分の順番を待った。

10分ほどたった頃だろうか?

kさんから『…作業終わりました、次Yさん行って?』

と連絡が入る

『了解しました。』

とシーバーで返事を返して

いざ、俺のひとりかくれんぼ初体験が始まった。

クローゼットの扉を開け

音をたてないように外に出る

室内は完全に闇なので
手持ちのハンドライトを付ける

と同時に飛び込んでくる不気味な室内の風景…

思い出したように吹き出す恐怖感…

一人とゆう孤独感がさらに鼓動を高鳴らせる…

ドアを開け、廊下に出る

静まり返る廊下に
キシ…キシ…
と必要以上の音が鳴り響く

む~怖い…

ゆっくりと人形を設置する風呂場に向かう

風呂場に到着し、中を照らすと

風呂桶の代わりに持ってきた水を張ったバケツの一つに
カッターナイフを胸から貫通させ水に沈んでいるKさんの不気味なピーチ姫人形が目に入る…

ここで起きた殺人事件の被害者の遺品で、血の呪いを掛けた人形
そんな悪魔じみた人形の側で作業をするのは

必要以上にドキドキする

気にしていると怖いので俺はさっさとエボニーデビルとの儀式に入った


『最初は俺が鬼…』

人形を手にした俺は
一瞬自分の行為に『やってはいけない』罪悪感が芽生えそうになったが、もう後戻りは出来ない…
目をつぶってエボニーデビルにハサミをザックリ突き刺す

グッ…

ズスッ…

とハサミの尖端が人形に突き刺さる嫌な感触…

俺は目を瞑ったまま早口な小声で呟く

『次はエボニーデビルが鬼…次はエボニーデビルが鬼…次はエボニーデビルが鬼…』


人形を殺す行為

そんな気持ちの悪い感触の余韻が掌にのこったまま

俺は一連の手順を終え

逃げ出すようにクローゼットへと早足で戻る

その途中

嫌な感触が俺の忘れたい記憶を呼び覚ました

フゥ~~

あの日と同じように

廊下の奥から風が吹いたのだ…

俺は一瞬ドキっとしたが気付かなかった振りで一目散にクローゼットを目指した

その途中ずっと背中に嫌な視線を感じていた…


ガララッ…

ドタドタ…

バタン!



ッ…ハァ…ハァ…ハァ…

ヤベェ…のっけから怖さが半端ないな…

俺はさっそく終了の報告を入れる
『Yです、今作業終わりました


『ザザ~…』

『あれ?もしもし?Yです聞こえますか?』

『ザザ~…ガッ…キュイ…ザ~』

なんだ?

帰ってくるなり通信が繋がらなくなった…

『もしもし?もしもし?』

『…ガッ…キュイ…しもし?Yくん聞こえますか?…ガガ…』

Kさんの声だ…

『はい、Yです、聞こえてます!』

『…ガガ…Yくん?聞こえる?ザ…ダメだな…ザザ…』

こっちの声は聞こえてないのか?

俺はゾッとした

なんで俺だけ繋がらないんだ?

一瞬パニックになりかける

ハァ…ハァ…ハァ…

視界を奪われた何も見えない窮屈な個室(クローゼット)の中
酸素不足も合間って頭が痺れてくる
視覚が麻痺すると他の五感が異様なくらい敏感になるのを感じる…

視覚以外の五感が張り巡らされる感覚

蒸し暑い空気の動きが分かる

クローゼットの外の窓のきしむ音や家鳴り等の微かな音が聞こえる

不意に

焦げ臭い様な甘い臭いがが鼻を衝いた

なんだ?この臭い…

『ガガ…Tくん…Yくんと連絡とれる?…ガッ』

またKさんの声だ

焦って返事をする
『こちらYです。今作業を終えて隠れてます。…でも、あの、なんか変な臭いがします。』

『おっ、聞こえた、ってお前もかよ…気のせいだから気にすんなって…意識しすぎるとアッチ側に呑まれ…ガガ…キュイザ~…』

『Kさん?Kさん?』

また聞こえなくなった…

『気にすんなって言われても…こんな状態じゃ…ああ…なんだろうこの甘い臭いは……頭がボヤけてくる…』

俺はこの甘い臭いの元をたどりクローゼットのドアを少し開けて外を覗き見た

真っ暗闇だった部屋にも多少目が慣れてきた僕は
じっと目と耳を澄ました

するとどこかしらもなく小さな囁き声のように音が聞こえた

チリリ…カラコロ…

廊下を鈴が転がっている様な音だ…

俺は息を殺してじっと様子を伺っていた

チリリ…

聞こえているのか?

俺の幻聴なのか?

木霊のように頭のなかに鈴の音が聞こえる…

甘い臭いが強くなる…

頭がくらくらしてきた…

ヤバイ…意識が遠くなる…

眠たい…

俺は異様な睡魔を感じた…

『ヤバイ…Kさん…Kさん…眠たい…です。』

朦朧とする意識の中、俺は必死でSOSを発していた。

ハァ…ハァ…ハァ…

息の出来ない緊張感の中
些細な変化も見逃すまいと
目を凝らして注意を張り巡らす

すると真っ暗な室内に置いてあった不気味な姿見の鏡の中に

信じられないものが目に入った

俺は今宵一番会いたくなかったモノとの再会に

否応なしに体がガタガタ震えだした

『あ…あれは…』

それは一年前のあの日

俺が無意識に逃げ出した

漂うような暗闇が集積して
一つの塊になっていく影だった。

『ムグッ…』
俺は今にも叫び出しそうな自分の口を自分の手で抑えて耐えた

その影はうねうねとした螺旋の渦のような形を形成し

部屋中を蠢いている

何かを探すように…


何かって?そんなもの決まってる

俺しかいない…

アレは俺を探してるんだ…



チリリンチリリン…

幻聴が木霊して耳鳴りの様に大きくなる…

甘い臭いがキツくなりすぎて気持ち悪い…

恐怖感と気持ち悪い五感の感覚に吐きそうになる

ハッとした

クローゼットの隙間から覗く俺と

クローゼットの目の前に蠢く影との

目があった


途端にクローゼットの中は暗闇に包まれた

いや元から暗闇だったのだが、
さらに濃い闇の影がなだれ込んできたのだ。


目の前が真っ暗になる

闇が俺の身体にまとわり付いていく



すると

驚いた事に

俺はなぜか恐怖感を失った

影の感情がなだれ込んでくるみたいに

理解した


ただ寂しかったのだ

こいつは俺に危害を加えない事が本能的に理解できた。

大丈夫…怖くない…

俺が…

俺が一緒にいるから…

大丈…

バシッ!!


『Yッ!オウコラ!!起きろ!!Y!!
こんなとこで寝てんなボケ!!』

激しい恫喝に俺は意識を取り戻した…

いつもはそんなことめったにしないKさんが真剣な表情で俺を呼び捨てで揺さぶっている

『…っつ…』
キィンとした耳鳴りと共に激しい頭痛が過る

何してたんだ俺は?

知らん間に寝てたのか?

頭がくらくらする…体にも力が入らない…

俺はこの時、記憶がしばらく無くなっていて、自分の身に何が起きたのか全然わからなかった

『お前今多分かなりやばかったぞ?』
とKさんが囁く

何が?

混乱した頭に言葉の意味が入ってこない…


しかし、Kさんの次の言葉が俺の意識を引き戻した

『人形がおらん…今すぐここ出るぞ?』

そうだ俺はひとりかくれんぼをやっている最中だったんだ。

で、人形がいないって?

恐怖感が爆発的に沸き上がった


逃げなきゃ…

しかし体が思うように動かない…

Kさんの肩を借りてなんとか部屋を脱出しようと廊下に出た時だった

真っ暗な廊下の奥に、またも黒い影を感じた

嫌な予感が止まらない

俺は思わずKさんを引き留めた

『ちょ…ちょっとまって…』


『何?どうした?』

『廊下に…何か居ます…』

『えっ?どこ?』

Kさんがライトを廊下に向けた

そこに照らされたのは

全身ずぶ濡れで、こっちを睨み付けながら、這いつくばるようにしてズリズリと近付いてくるピーチ姫だった

『うぉ!!』

僕もKさんも完全にパニックになって、一目散に逃げ出した

しかし焦って振り返ったKさんとしばし固まっていた俺はぶつかって揉んどりうって倒れそうになる
俺はKさんを押し退けるように突き飛ばして、出口へダッシュした。

『出た…ホンとに出た…』

無我夢中だった

呪いの人形が殺しに来た…

ホンとに来た…

もうだめだ…


逃げなきゃ…


殺される…



廃屋から飛び出た俺は、踏み切り前に止まっていた車を見つけ走り出した

一瞬振り返ると

リビングの窓から何か叫んでるKさんと目が合った…

逃げ損なったのか?

助けをもとめているのか?


しかし

俺は見て見ぬふりをして車に向かって走り出した


たどり着くなり『出して!!』と叫んだ

俺は逃げ出した

俺を助けに来てくれたKさんを見捨て、人形の迫る廃屋に置き去りにして

とにかく助かりたい一心でその場から逃げ出した

訳もわからず言われるがまま、怯えた表情で車を運転するTくんの隣で

まだガクガク震えている膝を押さえつけながら…

俺は葛藤していた。

ダメだ…ダメだ…ダメだ…

Kさんが…まだあの屋敷にいる…

助けに…行かなきゃ…


意を決した俺がやっとの事で
『戻ろう』と言う言葉を絞り出すと

急いでTくんは元来た道を引き返した


屋敷に戻ったはいいが、やはり怖さが半端ない
中に入る勇気がでない

Kさんは大丈夫だろうか?


すると廃屋の扉がガタガタと動いてKさんが出てくるのが見えた

良かった…無事だったんだ…


しかし安心したのも束の間

俺はまたも…

Kさんの背後にかかる靄のような影が見えた

心臓が高鳴る

Kさんは虚ろな表情で、カタカタと歩いてくる

その動きは明らかにイビツだった

Kさんに何かが乗り移ってる…

『Kさん?大丈夫ですか?』

呼び掛けても反応がない

ああ…

ヤバイ…ヤバイ…

カッター持ってる…

俺が風呂場で見た
ピーチ姫人形に刺さっていた筈の、

あのカッターを持ってる…


どうする?


また逃げ出すのか?



嫌だ…



ダメだ!!




ガッ…バシッ…

俺は一気にKさんに近づいて
手にもったカッターを叩き落とした

その瞬間、Kさんの背後に漂っていた靄のような影がフッと霧散して消えた

するとkさんは
糸の切れた操り人形の様にその場にグニャリと崩れ落ちた


そして『うう』と言う呻き声と共にKさんは意識を取り戻した

『な、なんで俺こんなとこに?』Kさんも
俺と同じく何も覚えてないらしい



もう何がなんだかわからなかった



俺達三人はしばらくお互いを気遣いあいながら
言葉数少なく無駄話をして落ち着くのを待った

その間なぜか昨夜起こった事態について追究する者は誰も居なかった

三人が三人ともに目の当たりにした夕べの悪夢のような出来事に触れることを、恐れていたのかもしれない。

誰にも答えなんか分からないことは自分自身の感覚が一番よく分かっていたからだろう

ただボロボロになった三人は、意味もなく笑っているだけだった。

まるでさっきまでの出来事が
ただの夢だったのだと
自分に言い聞かせるように…




気がつくと夜が明けていた


第二章
『Yの葛藤』
~夢とうつつの狭間に~

後編


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