仏教の骨子。

仏教の覚者が言ってたから、

僕の意見でも何でもない。


なんというか、海外というか、

インドというか、

東洋というか、特有の独特の空気感がある考え方なんだなと思う。


この世は、無意味だから、

苦しむ意味もないから、

気楽にやろうよ。


が、仏教の骨子だと思う。


本当に、その通りだなとは思う。


インド映画のノリを思い出した。

何も意味がないのに、盛大に豪華絢爛に、

無駄といえば無駄に、

歌って踊って、

皆で楽しむ。


あれが、仏教的な意味があるとかは、

知らないけれど、

文化圏では、古い血が流れてると思えて仕方がない。


健全さと、違いが、今日、腑に落ちたら、

生きるのが、とても楽になった。


何もかもどうでもよくて、

堂々としていられた。


身軽になれた。

どうでも良かった、本当は。


執着なんか。


ま、いっか!と許した。

もう、自分も、人も、この世界も、

わざとらしく、愛さなくてもいいし、

憎まなくてもいいし、

怖がる事もないなと思う。


自分の生がどうでもいいなら、

本当にどうでもいいなら、

苦しむ必要がない。


何もかも、あるようにしてあるだけだ。

それでいいんだろうし、

馬鹿馬鹿しさを通り越して、

優しい眼差しを送ることもできそうな気がした。


愛というオヤツを変えないなら、

諦めるしかない。


全ては、地球の元素に依るもので、

僕のものになるものはないし、

僕と捉えられた執着があるだけなんだ。


山を、ぼーっと眺めていたら、

この山は、盛り上がった大地は、

僕が生まれる前も、死んだ後もあるだろうし、

いづれは、無くなるんだ。


太陽も、地球も、月も。


永遠とは、無。


全ては、僕の意識が、

色を見てるだけで、本質は何も無い。


だから、どんな色にも塗り替えられる。

から、空っぽなんだよ。


何も、持つことがないし、

そのままで、いづれはこの世界を通り過ぎる。


愛の意味も、怖がる意味も、一切無い。


苦しみも意味ないなら、

いっそ、盛大に歌って踊ればいいんだ。


ダンス・ダンス・ダンス〜♪


風の歌を聴けと、謳えばいい。


村上春樹が好きかい?


僕は、たくさん読んだよ。

海辺のカフカが、1番かな。ははは。


僕らの残りがある暮らしは、

スティル・ライフは、

まだ、続く。


意味なんか無いさ

暮らしがあるだけ

ただ、腹を空かせて

君のもとに帰るんだ


自分は、通り過ぎてしまう、

全ての物事があるんだなと思ってたけど、

違うんだ。


自分が進んでるんだ。

通り過ぎるだけが、人生だ。


悲しみも、怒りも、憎しみも、

喜びも、楽しさも、嬉しさも、

通り過ぎてしまう


その哀しみさえも、

僕が進んでるから、そう思うだけ


進んでいこうとするよりも前に

進んでいってしまう今を


愛おしさが込み上げたなら

風の中の答えを求めることないままにしておこう


無だから、

空だから、

それもよしとしよう


生きていくんだ

それでいいんだ


その深い哀しみは、愛すれば愛するほど、

諦められなくなるけれど、

諦めるしかない。


その悲しみを越えていこう。


全ては、変わっていくから、

悲しくもあるけれど、

次の瞬間、鴉は笑ってる。


諸行無常に救われてたりするんだ。

あはは♪w


ーー終わりーー







生き延びるために、 自分の生きる力にするために、 遣わせていただきます。