【Patrick Mojii】春が来てぼくらは4年半経って
○こちらの企画への参加で記事を書かせていただきました。ありがとうございます。
○「春が来てぼくら」はどんな曲なのか
「春が来てぼくら」はUNISON SQUARE GARDENの14曲目のシングル曲であり、プロ棋士の少年が主人公のテレビアニメ『3月のライオン』の2期の2クール目のOP曲として書き下ろされた。
アニメではヒロインにあたる中学生のひなちゃんへのいじめが描かれつらいシーンが多かったが、この曲が救いとなり作品全体を包み込んでくれていた。
あたたかな春の訪れと未来への希望と不安を合わせ持った楽曲となっている。斎藤さんの歌い方も他の曲と比べて語尾が強すぎず、珈琲にクリープが溶けるみたいに優しい。
歌詞の中での〈僕ら〉は漢字表記だが、タイトルではひらがなとなっている。歌詞では意味を優先し、タイトルでは字面を優先している。〈春〉と〈来〉はひらがなにすると意味が通らなくなってしまうけれど〈ぼくら〉は伝わるので問題ない。ひらがなにすることで、やわらかく明るい印象になる。
特徴としては、春の曲だけど桜満開ではなく仲春の3月からはじまるところだろう。
歌詞に出てくる春の季語は〈たんぽぽ〉〈春〉〈暖か〉の3つのみであり、必要最小限の言葉を選び取っている。冒頭にたんぽぽが出てくることで音楽にぱっと色がつく。ちなみに、シングルのジャケットに描かれている、ぶらんこも春の季語である。
2018年の3月に発売されていて、満を持して2年半後にアルバムに収録された。毎年3月になると聴きたくなる曲であり、今年の3月にファミリーマートで流れていて嬉しくなった。4年半経った今聴いても新鮮で、秋は来たが飽きが来ない。13回転調する曲としても知られている。
『Patrick Vegee』では、1曲目の「Hatch I need」に〈漸う白くなりける次第に〉とあり、これは『枕草子』の〈やうやう白くなりゆく山ぎは〉から来ていることがわかる。切り取り方に難があるかもしれないが、この時点で春を意識させる。
「夏影テールライト」で夏が終わり、「Phantom Joke」で枯れ葉が蝶になり季節が春へ近づく。「弥生町ロンリープラネット」との歌詞のリンクもあり、楽曲同士で襷を繋ぎ、満を持して感が極まる。
○歌詞を読み解く
ここからは歌詞について考察する。
『3月のライオン』の内容にも触れているので、ネタバレも含みます。ご注意ください。
季節が冬から春になって暖色のたんぽぽが咲く。同じ黄色でもレモンイエローは寒色だと高校で美術部に入って教わった。
まだ寒さも残るけれど、雫が雪のように固まることはない季節だということがわかる。
例えばここで「菜の花じゃダメなんですか?」と質問されたとしよう。
3月のライオン→ダンデライオン→たんぽぽ、と繋がるので、たんぽぽに必然性がある。菜の花は晩春の花で水もあたたかくなっている頃なので、少し時期がずれる。雫の冷たさと響き合うのは、やはりたんぽぽだと思う。
また、葉の花は一面に咲いている景色が浮かぶが(山村暮鳥の影響だろうか)、このたんぽぽは1輪か、もしくは茎で繋がった2輪しか咲いていないと思う。底抜けに明るくはないが、明暗のバランスが良い。
助詞の「と」は並列の意味なので、たんぽぽと雫に優劣はない。自然の中には1位も2位もなく、これには蓮舫さんもにっこり。
雨があがったあとなのか、傘を持ち歩いている。作中主体も何か悲しいことがあったのか、たんぽぽと雫が自身と重なり放っておけなかった。下を向いていたからこそ足元の景色に気づく。
前に進まないといけないことはわかっている。わかってはいるけれど、どっちが正解なのかがわからない。
すでに大切な人とは出会っていて、その人が悲しまない選択をしたい。
最初は小さな一歩でいい。進んだ先が違ったなら、斜めを選んでもいい。
将棋の駒の動きにもなぞらえている。駒を進めて相手の陣地に入ると、裏返して成駒にすることができる(成るか成らないかは選べる)。歩兵が成ると、と金にすることができて、金と同じように動かせる。進んだ先は明るく、選択肢がひらけるという意味だろうか。
胸の高鳴りに合わせて季節も移ろう。MVではここの歌詞の部分で鳥かごと時計が映る。鳥かごには鳥がいなくて、いてほしいという願望なのか、または飛び立ってしまったあとなのか。
コトリはカタカナ表記なので、擬音だと思っていたけれど、将棋の駒を置く音、時計の針の音、小鳥(俳句では秋の季語になるけれど)という3つの意味が含まれているのかもしれない。
絵の具がどんな色なのかは示されていない。それぞれの色でいいという意味だろう。天気も晴れて、木漏れ日がきらきらする中で未来へ向かう。木漏れ日という言葉は日本語にしか存在しないらしい。
友達とは違う道に進んでしまうとしても、過去の思い出と共にある。未来のことはわからないから、間違っていないと断言することはできない。
過去には戻れない。未来にしか進めないので、切符は片道分しか持っていない。
追い風のおかげで前へ進みやすく、風が応援してくれている気がする。一気に進む必要はなく少しずつ進む。今日はここまででいい。
そううまくはいかないところにリアリティがある。大切な人と一緒にいるときは幸せも感じる。けれど、一人になると不安でぐるぐる考えこんでしまい、まるで何も持たなかった頃の自分に戻ってしまうような気になる。
ゼロと聴いて『3月のライオン』の主人公、桐山零くんの名前も彷彿とさせる。漫画の1巻は義姉の香子さんに「ゼロだって 変な名前ぇ でも、ピッタリよね アナタに」と夢の中で言われるシーンからはじまる。OPでは流れることがない部分にこの歌詞を持ってくるところが巧い。
人に会ってご飯を食べたり、何気ないことで不安が消えることもある。
そんな風に、のリフレインが追い風と同じように背中を押す風になる。
これまで下を向きがちだった視点が変わる。ユニゾンの他の曲で気になる人が髪を切ったことに気づく歌詞があるけれど、自分が髪型を変えるのははじめてじゃないかな。自分自身が変わろうと努力し、写真も撮ってみよう、と明るい。
ちゃんと下を見ていなかったので、水たまりに突っ込んでしまうこともある。落ち込むことはあるけれど、傷の治し方もだんだんわかってきた。
一個は個数を表すだけでなく、一歩ともかかっている。パチリには、写真を撮る音、まばたきの音、将棋の駒を置く音が含まれている。
過去も大切だけど、過去に囚われ進めなくなってしまうこともある。今が大切だということにも気づき、まばたきをする回数だけ写真が撮れたらいい、なんて思う。
1番の〈高鳴り〉で「胸の高鳴り」と言わなかったように、ここでも胸を省き、同じ母音の筆という言葉を選んでいる。
時を止めたい、見たことがない色や景色を見てみたい。絵の具、写真、筆と来て絵を描いたり写真やマスキングテープを貼ったり、思いついたアイデアをメモしたり、何をしてもいい自分だけのノートができあがる。
その感情は、他の誰のためのものではなく、自分が大切にしていればいい。今の選択が正しいかはわからないけれど、今を大事に楽しみたい。
未来のことも考えろ、と言われるかもしれないけど、ちゃんと考えてるから黙って見とけよ、という意味なのかな。ここの「ざまみろ」の解釈が難しく、何通りもの意味がある。
シングルの帯には「ざまみろ、これが僕らの歌だ。」と記載がある。「春が来てぼくら」は優しくてあたたかい曲だけど、それだけじゃなくて、スパイスとしてこの歌詞を入れたかったという強い意志を感じる。
ユニゾンの歌詞はわからない、と言われることがあって、それは本人も知っていて悔しいことも沢山あったと思う。
「春が来てぼくら」は『3月のライオン』という作品へ向けて創られた歌詞で漫画を読んだり、アニメを観ていれば解釈することができる。それでもわからないのなら、もう知らん、という意味もあるのかな。
これまでのシングル曲とは違うテイストの曲のため、ユニゾンの曲だと知らずに聴いた人は驚くかもしれない。残念、さやかちゃんでした!じゃないけれど、騙された?ユニゾンの曲でした!とタネ明かしされ、ざまみろという言葉で殴ってくる。
帯の「僕らの歌だ」では、ユニゾンが14曲目のシングルでこの曲を出したという歴史も感じ、『3月のライオン』の登場人物への曲でもあり、聴いた人が自分の曲だと思える要素がある。“僕ら”とは“皆”のことであり、3月7日に発売された。
夢は叶うという保証も確証もなく、言い切ることはできない。未来はわからないから面白い。行き着いた先が違っても、またそこからやり直せる。
絵の具が乾いたらその上から塗ることもできるし、ページが埋まれば次のページをめくればいい。白だけでも200色あるし、また新しい色を混ぜてどんな未来も描ける。
インディーズ曲の「2月、白昼の流れ星と飛行機雲」では女神様が悲しい喧嘩をして街を寒くしてしまう。2月は旧暦なら春、春の女神なら佐保姫だろうか。
「2月〜」でも曲の後半で、春が来て風が吹くことを予感させる。その神様と同一人物かはわからないが、ついにあたたかな風を吹かせてくれるようになった。風も天候も味方をしてくれているようだ。
打ち込みではない生のストリングスが春の風を表現している。一曲の中でゆるやかに季節は流れ、たんぽぽが絮(綿毛)となって風に舞う。
もともと何も持たなかったはずなのに、大切な人ができて思い出も増えた。いつからこんなに欲張りになってしまったのだろう、と自問自答する。
これまで大切にしてきたものをすべて持ったまま先に進んで、新しい大切とも出会いたい。もう何も失いたくない。ごめん、わがままかな。
『3月のライオン』では、ひなちゃんはいじめに遭ってしまうけれど、それでも学校に通い続けて逃げなかった。「私のした事はぜったいまちがってなんかない!!」と泣きながら言い切った、彼女の言葉とも繋がっている。
受験を終えて、中学を卒業して、無事に高校へ進学するひなちゃんへの曲でもある。ひなちゃんがおいしいものを食べて、ぐっすり眠って、笑っていてほしい、という願いも込められている。
君が悩んで決めたことを知っているから大丈夫だよ、と言っているように追い風が吹く。
たまたま風が吹いたからだと照れ隠しをしながらも、自分の力で前へ進めるようになったことを実感している。
もう自分で歩けるけれど、これからもどうか見守っていてほしい。
○歌詞における3つの変化
・視点の変化
・心境の変化
・季節の変化
一曲を通して様々な展開があり、変化が訪れ、無常を感じる。視点も心境も季節もすべてが流動的である。
最初はうつむきがちだった視点が前を向けるようになり、視界に収まらないくらいの景色を360度見渡せるようになる。
進むべき道がわからなかったり、ご飯を食べて元気になったり、また落ち込んだり、できるなら時間を止めたいと願ったり、また歩き出したり、めまぐるしい。
1番の〈なんか泣き顔に見えた気がして〉と2番の〈笑顔が溢れて 見たことない色になって〉は対比関係にある。心境の変化があれば見える景色も変わってゆく。
曲の最初からたんぽぽは咲き始め、春ではあるけれど、3月ってまだまだ寒い。あの日たんぽぽを伝った雫は、たんぽぽを成長させる糧となっただろうか。たんぽぽの周りには他のたんぽぽも増えて、他の花も咲き、木々は芽吹く。気温も日差しもあたたかくなって春の風が吹く。
冬になると、街は雪に覆われリセットされる。一旦真っ白になった世界をカラフルに塗り替えてゆくのが春という季節の力である。
『Patrick Vegee』のジャケットも真っ白でまっさらなキャンバスの色だと思う。8枚目のアルバムだけど、まだまだ終わらない、ここからはじまる、これからも面白いことをやってやろう、という野心を感じられる。
○歌詞における3つのメッセージ
・自分で考えて進め
・過去も今も未来も大切
・無駄なものはない
これらの3つのメッセージはユニゾンの他の曲にも共通していると思う。
ユニゾンの歌詞はどういう意味なのか懇切丁寧に教えてくれない。聴き手に委ねている部分が大きく、聴き手を信頼している。どんな解釈をしたとしてもそれが正解だ、と言ってもらえている気がする。
様々な解釈ができる歌詞には、自分で考えろ、と言われている気さえする。自分なりの解釈をして曲に愛着が湧く。
考えるきっかけは与えてくれるけど、自分の足で立ち上がって歩かなきゃいけないことを教えてくれる。我々が仮にムーミンだとすれば、スナフキンみたいな距離感で導いてくれる。
当たり前だけど、過去も今も未来もすべてが繋がっていて、どれも大切だということを謳う。ちょっとずつでいいから前進してゆけば、未来は明るいはずだと願う。
過去の失敗がなければ成功もない。友達と喧嘩をしたことも、水たまりで汚れた服のことも、否定することなく歌詞にしている。
夕食後にお皿を洗っていたら割ってしまって、手から血ィ出たけど、そのあと利き手じゃないほうでフォークを持って食べたアップルパイがおいしかった、みたいに結果的にプラスになればいいんじゃないかな。
前にしか進めないけれど、時々立ち止まって振り返ったときに無駄なことはなかったな、と思えるように生きてゆきたい。
○出典
「春が来てぼくら」(作詞・作曲:田淵智也,編曲:UNISON SQUARE GARDEN,ストリングスアレンジ:秋月須晴,2018,TOY'S FACTORY)
「春が来てぼくら」MV ショートver.
「春が来てぼくら」MV
『Patrick Vegee』(全作詞・作曲:田淵智也,全編曲:UNISON SQUARE GARDEN,2020,TOY'S FACTORY)
「Hatch I need」(作詞・作曲:田淵智也,編曲:UNISON SQUARE GARDEN,2020,TOY'S FACTORY)
「夏影テールライト」(作詞・作曲:田淵智也,編曲:UNISON SQUARE GARDEN,2020,TOY'S FACTORY)
「Phantom Joke」(作詞・作曲:田淵智也,編曲:UNISON SQUARE GARDEN,2019,TOY'S FACTORY)
「2月、白昼の流れ星と飛行機雲」(作詞・作曲:田淵智也,編曲:UNISON SQUARE GARDEN,2008,UKプロジェクト,2019(再発売),TOY'S FACTORY(再発売))
『3月のライオン』(作者:羽海野チカ,2007〜,白泉社)
『3月のライオン』(原作:羽海野チカ,監督:新房昭之,アニメーション制作:シャフト,製作:「3月のライオン」アニメ製作委員会,2016〜2018,NHK総合)