「遊戯王」って実はコミュニケーションの真髄なのでは?

よくコミュニケーションは「言葉のキャッチボール」というような表現をされる。

そこでなぜかはわからないが、今猛烈に遊戯王が頭の中に浮かんできて、遊戯王の「ターン」って実はコミュニケーションと同じなのでは?というふうに思い立ったので、書き起こしてみたいと思う。(遊戯王をやったことのない人には伝わりにくいかもしれないので、馴染みのあるカードゲームやトランプなどでイメージしてもらうと助かります。)

まずはじめに、遊戯王にはターンというものが存在する。

自分のターンが来ると一般的に、ドローフェイズ⇒スタンバイフェイズ⇒メインフェイズ⇒バトルフェイズ⇒エンドフェイズという流れでターンを終えていく。

各ターンの説明をしていくと、

ドローフェイズとは、デッキ(山札)から一枚カードを引くこと。

スタンバイフェイズとは、必要に応じて行うフェイズのこと。なにもしないことが多い。

メインフェイズとは、バトルフェイズに向けてモンスターを召喚したり、魔法カードを使ったり、罠カードを伏せたりするフェイズ。

バトルフェイズとは、メインフェイズで整えた場のモンスターで攻撃するフェイズ。

そして自分のターンを終了する合図のエンドフェイズがある(バトルフェイズとエンドフェイズにメインフェイズ2という、必要ならばもう一度自分のフィールドを整える時間が設けられる)。

このようにターンの中で自分がやりたいことを整えてモンスターで相手に攻撃をしてライフポイントを削っていくというゲームなのだが、これをコミュニケーションに置き換えて考えると

ドローフェイズで自分の話したいテーマを決め、メインフェイズで内容を考え、バトルフェイズで整理した話を相手にし、エンドフェイズを迎えて相手のターンになる。

しかし、相手は様々な選択を取ってくる。

例えば、せっかくメインフェイズで整えた場を妨害したり、攻撃を防いだり、相手の思い通りにならないことをしたりするが、スムーズにいくこともある。

ここで攻撃側を話し手、聞き手を妨害する側と考えると、

せっかく話し手が話題を出したり、言葉を使って相手に投げかけているのに聞き手はその準備した会話を最後まで聞きもせずに途中で割り込んで妨害してくることもある。

遊戯王ではやりたいことを妨害されると気持ちよくなれないし、話し手も最後まで聞いてくれないと気持ちよくなれない。ましてや相手のターンをお構いなしに最後まで聞かずに自分のターンに強引に持って行くなんてそれはルール違反である。

遊戯王の場合はそういうゲームなため仕方ないとはいえるが、会話においてはこうなってしまうとコミュニケーションがスムーズにできなくなってしまう。

妨害(聞き手)側は特になんとも思わないかもしれないが、話し手はこの人とは話しにくい、つまらないと思ってしまい、デュエル(会話)をしてくれなくなってしまうかもしれない。

こうなってしまうと互いに損だし、せっかくの友達や話し相手を失ってしまう。わざわざ相手のライフポイントを減らす必要はない。

これは遊戯王と照らし合わせた無理矢理な例えだとは書いていて思ったが、でも本質的にはだいたい合っているような気がする。

つまり遊戯王とはプレイヤー達がコミュニケーションをスムーズに取るやり方の練習だったのかもしれない。

そんなふうにも考えられるような気もして、コミュニケーションで悩んでいる人(もちろん自分も)で、スムーズな会話ができない、頭が真っ白になってなんて返せばいいのかわからない、という悩みを持っている人は少なくないと思う。

そんなときは遊戯王やカードゲームに置き換えて考えて、相手の話(ターン)をまず聞いて、それから自分のターンに移り変わり、わからないようなことがあれば自分のスタンバイフェイズに相手が話したことの復唱をしたり、ここってどういうこと?など聞き返して情報を整理し、そして自分の話(バトルフェイズ)に持っていけば落ち着いて会話をすることができるのではないだろうか。


飛躍的な表現だったかもしれないが自分の中では割と筋が通っているような気がしてなんとなく文字に起こしてみました。あと、あの頃のように遊戯王をまたやりたくなってしまいました。

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