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ペク・イェリン 「ユ・ジェハさんや光と塩(Light and Salt)みたいに敢えて何かを強調したりしなくても、輝いている人たちが好き」〜韓国80,90年代音楽、シティポップとペク・イェリンを繋ぐもの

ペク・イェリンの音楽の趣向の核心とは...?

先日、私が年末に行ったペク・イェリン、そして彼女の作品の多くを共作するプロデューサー、グルム/Cloudのインタビュー記事が、韓国のPoclanosのページで公開されました(後日日本のFNMNLでも公開されました)。アルバム"tellusboutyourself"の音楽性についての話をたくさんしたのですが、私はこのアルバムは、この"I am not your ocean anymore"を筆頭に、サウンドの心地良さ、温かさが多くの曲で印象的でした。

この点について質問したところ、彼女は自分の音楽の趣向と関連付けてこんな回答をしてくれました。

質問:MIDIプログラミングで作られたビートとシンセサイザーのサウンドがもたらす心地よさがアルバム("tellusboutyourself")全体的に印象的でした。またダンス・トラックも含めて派手過ぎたり、激しいビートを取り入れていない点もその要因のように思います。そのようなサウンドのムードや雰囲気は意識していましたか。

イェリン:私はバランスがある音楽が好きです。特定の誰かを卑下しようという意図はないですが、歌詞もそうだし、私は最近の音楽よりは昔の音楽が好きです。ユ・ジェハさんや光と塩(빛과 소금 ピックァソグム Light and Salt)みたいに敢えて何かを強調したりしなくても、輝いている人たちが好きなんだと思います。

この答え、表現、彼女の音楽の趣向の核心的な部分であると共に、彼女の作品とも通ずる部分があると思います。今回は、彼女が挙げた2組のアーティスト、ユ・ジェハや光と塩(빛과 소금 ピックァソグム Light and Salt)について彼らの経歴を簡単に紹介し、彼らとペク・イェリンの音楽性の通ずる部分を探してもみたいと思います。

韓国のバラード音楽史の最重要人物の一人、壮大だけど心地良いユ・ジェハ

ユ・ジェハは韓国の大衆音楽史を代表するシンガーソングライターの一人です。ファースト・アルバム"愛しているから"発表からわずか3ヶ月後、当時まだなんと25歳にして交通事故この世をさってしまっていますが、そのアルバムは韓国大衆音楽賞100大名盤で1位に選出されているくらい偉大な扱いをされています。韓国のもう一つのウィキペディア、ナムウィキのユ・ジェハのページの概要欄はこんな感じ。

短い生涯と一つのアルバムだけを残したが、それこそ大韓民国の大衆音楽史で大きな足跡を残した偉大な人物だという言葉が惜しくない歌手だ。今出ているバラードは全てユ・ジェハの模倣だという評まで聞く。1集である、遺作である"愛しているから"は今聴いても驚くくらい洗練されていて上品な(優雅な)アルバムだ。控えめ素直なボーカル、節制を知っている楽器、胸にしみるくらいのヒリヒリするが、淡白な歌詞が印象的だ。

全部良いことを言っているのです全部太字にしてしまいました(笑)。
ユ・ジェハのキャリアはざっとこんな感じです。

まず漢陽(ハンヤン)大学で、クラシック音楽(韓国の専攻名では大衆音楽の対義語という意味で"純粋音楽"と呼ばれています)を専攻、在学中にチョー・ヨンピル(日本でもヒット曲"釜山港へ帰れ"があったり、紅白歌合戦に出演したことあるくらいの大スターです。彼についてもぜひ調べて聴いてみてください!)のバンド、"チョー・ヨンピルと偉大な誕生"にキーボードで参加。当時チョー・ヨンピルから才能を見抜かれ曲を書いてみろと言われ書いた曲のうち"愛しているから"は、ユ・ジェハのアルバムの前に、ヨンピルの7集(これも韓国大衆音楽100大名盤で28位に位置する名盤!代表曲は"旅に出よう")に収録されています。しかし、当時学生だったユ・ジェハは、日本ツアーに帯同できず、その後脱退します。

86年には一時的にバンド、キム・ヒョンシクのバンド、"キム・ヒョンシクと春夏秋冬"に参加。キム・ヒョンシクが春夏秋冬と制作したキム・ヒョンシク 3集"(これまた韓国大衆音楽100大名盤で16位に位置する名盤!また春夏秋冬も35位に1集がランクインしている)には当時ユ・ジェハからもらった曲、"Shaded Road 가리워진 길"も収録されています。しかし、ユ・ジェハは「公平性のためメンバー各1曲ずつの自作曲だけ使う」という方針に納得いかず、初夏秋冬からも脱退。

チョー・ヨンピル、キム・ヒョンシクという大先輩のバンドから脱退したユ・ジェハは、自らの道を追求しソロ・アルバムを制作します。それが"愛しているから"。1987年8月に発表したこのアルバムは、ユ・ジェハが作曲・作詞、編曲のみならず、オーケストラ・パート以外はほぼ全ての楽器の演奏もしたらしいです。

9曲目、タイトル曲"愛しているから"。彼の代表曲であり、今もよく知られている時代を代表する曲でもあるでしょう。

貴重なライブ映像。4曲目の"私の心に映った自分の姿 내 마음에 비친 내 모습"。ユ・ジェハは、先述のナムウィキの"今出ているバラードは全てユ・ジェハの模倣だという評まで聞く"という記述にある通りバラード音楽という、今も韓国の音楽シーンで大きな比率を占めている音楽の原型を作った人の一人ともされています。作曲家のキム・ヒョンソクテレビ番組「アーカイブK 伝説の舞台」でのインタビューで、「ユ・ジェハ以前のバラードはマイナー(単調コード)で、悲しさを感じさせるものだった、それがユ・ジェハはメジャー(長調コード)を使う。メジャーになった結果、聴く人によって様々な感情の基準が生まれる(悲しみだけじゃなくて、幸福や美しさも感じられる)ようだ」と話しています。下の動画が、ユ・ジェハ以降の例、ピョン・ジンソの"あなた私にまた"、同番組ではシン・スンフンの"微笑みに映った君"も例に挙げられていました。また、バラード曲の構造におけるブリッジ・パートもユ・ジェハが初めて導入したものとされているようです。

私はむしろこの一曲目の"私たちの愛"

この三曲目の"寂しい夜"のような、ロック的な要素もある曲が好きです。クラシックを専攻していた彼が作った楽曲は、色々なジャンルが融合され、壮大で、ドラマチックですが、派手過ぎず...そして今聴いても洗練された楽曲として聴けます。確かにペク・イェリンの表現、納得いきますよね。
私が最も好きなペク・イェリンの曲"Maybe It's Not Our Fault それはきっと私たちのせいじゃない"なんかも、シンセサイザーやメロトロンの音が心地良いのですが、その飾りが全然派手でなく、むしろ心地良いのが好きでした。そういう部分はやはり彼女の曲に貫かれているんだなと思います。

韓国フュージョン・ジャズの先駆者であり、韓国版シティポップ!? 光と塩(Light and Salt)

またもう一組の光と塩(Light and Salt)について。まず、このグループ結成の経緯について説明したいのですが、そのためには、先述のユ・ジェハも一時在籍した、キム・ヒョンシクのバンド、春夏秋冬とその後についてから説明する必要があります。

まず、キム・ヒョンシクのバンド、春夏秋冬のメンバーは元々、キム・チョンジン(ギター)、チョン・テクァン(ドラム)、ユ・ジェハ(キーボード)、チャン・ギホ(ベース)の4人で成り立っていました。その後、先述のユ・ジェハの脱退を機に、パク・ソンシク(キーボード)が合流し先述のヒョンシクの3集を86年12月に発表します。しかし、88年にキム・ヒョンシクが大麻吸引発覚を理由に活動できなくなってしまい、彼のバンド、春夏秋冬の4人のうち、パク・ソンシク、チャン・ギホ2人が一時バンド、"愛と平和*"に合流し、4集に参加した後ギタリスト、ハンギョウンフンと共に3人で90年に結成したのが光と塩(Light and Salt、韓国語ではピックァソグム)です。残りのキム・チョンジン、チョン・テクァンの2人は春夏秋冬を維持、春夏秋冬が88年に発表した1集も韓国大衆音楽100大名盤で35位にランクインする名盤です。10曲中3曲がインストで、タイトル曲もインストという当時としては異例の試みだったようですが、それもキム・ヒョンシクのバンドで培った演奏力、作曲力があったからでしょう。のちにこの光と塩(Light and Salt)、春夏秋冬の2組は90年代前半に韓国のフュージョン・ジャズを先駆したグループとして知られることとなるのです。(*愛と平和の代表曲"しばらく遠のいていたよね 한동안 뜸했었지"。78年発表、韓国大衆音楽100大名盤15位のアルバム"한동안 뜸했었지"。)

90年に発表した光と塩(Light and Salt、ピックァソグム)の1集はこちらも韓国大衆音楽100大名盤で43位。

ハイトーンのボーカルに繊細なメロディが美しい代表曲"シャンプーの妖精"。光と塩の音楽性を語る時には"フュージョン・ジャズ"という言葉がよく使われますが、ゆったりとした適度にファンキーなグルーヴ、シンセサイザーの音色が心地良く、どれも過度に飾り付けたりした感じはしないですね。そうした部分は、冒頭で述べたtellusboutyourselfでのペク・イェリンのサウンドとも重なる部分が確かにあると思います。

基盤としているフュージョン・ジャズ・サウンドは多数収録されているインスト曲でも堪能できますし、また"Beautiful"で聴けるようなオルガンをメインに置いた楽曲などは、バンド・メンバーが皆クリスチャンらしいのですが、CCM(コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック)を取り入れたとも言われています。どれも派手過ぎず、編曲の雰囲気が統一されているので、アルバムの中ではこういう曲も違和感なく聴けます。

3集収録の"あなたに送る手紙 letter to send to you 그대에게 띄우는 편지"。3集からハン・ギョンフンは脱退してデュオになっています。ピアノとコントラバス、そこにストリングスが入るだけのシンプルな演奏の名バラード。
3集からは"濃いコーヒーの夜想曲 진한 커피의 야상곡"もすごく好きです。

4集収録の"古い友達 Old Friend 오래된 친구"。この曲は多分、"シャンプーの妖精"の次くらいに代表曲だと思います。かなりファンキーなグルーヴを披露しています。この曲とか聴いていると、AORやヨットロックっぽさをすごく感じますね。Doobie Brothersとかケニー・ロギンスとかと一緒に聴きたくなりました

さて、AORやヨットロックといえば、思い浮かぶもう一つのジャンルが、シティポップです。実際、光と塩の洗練されたグルーヴィなサウンド、親しみやすいメロディは、ここ数年の韓国におけるシティポップ・ブームともマッチし、「韓国にもシティポップをやっているバンドが当時いたのだ、それが光と塩だ」という感じで、ここ最近は韓国版シティポップの先駆的存在としても紹介されています。再評価の文脈では月間ユン・ジョンシン・プロジェクトの一環でチャン・ポムジュンも光と塩の"あなたが去った後 그대 떠난 뒤"をカバーもありました。

ところでシティポップといえばペク・イェリンによる久保田利伸"La La La Love Song"のシティポップ風カバーも有名です。ジャズ、ファンク、ディスコを都会的で洗練されたグルーヴで昇華したシティポップ、の韓国版ともいえる光と塩をイェリンが評価するのは納得でもありますね。

そこまで文章は整理せず書いてしまいましたが、今回の記事でユ・ジェハ、光と塩の他にもたくさん韓国の過去のアーティストの名前が出ました。リンクを通して色々聴く機会ができればと思います。

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