「よろしく遺伝子」
肉体は所詮いれものよ、と言ってはみても、ね。
このなかにたましいはないのだと、まじまじと亡きがらを覗き込む。
きっと彼女は今頃この辺りに居るよね、ってキョロキョロしてみる。
が、見えない。わたしには未だ見えない。そーゆーもんだけど、彼女はわたしの可視領域を超えたところに居る。
遺影写真に目をやる。何年前の写真かなー、随分と若いの使われてるよ!って写真に向かって話す。
これからはメールをしても返ってこない。そーゆーもんだけど、とてつもなく寂しくて、顔の真ん中が熱くなる。涙が出るのだ。
棺桶にはワンカップが入ってた。
「あー!あたし酒呑まないのに入れられちゃったーウケる」って、たぶん彼女はケタケタ笑ってる。メビウスって銘柄のタバコも顔の真横にあった。
「タバコかーそーきたかー!」って、にやりするに違いない。
だから潤ちゃんの焙煎した珈琲豆でメビウスを攻防した。彼女は酒は一滴も呑まないけど、珈琲はすごく好きだったから。
戒名も、「これがあたしの戒名か!興味深いわ〜」って、その意味するところをふむふむって顔で真剣に見てるはず。
で、「なんかよくわかんなーい!」って、うふふと笑うでしょう。
あっこは棺桶にフランキンセンスをバキバキ砕いて、彼女の身体の周りに細かく散りばめていた。まるで星のように。
あきちゃんは、「白い菊だけじゃーらしくないからさー」と、あきちゃんとこの店の花をひと抱え持って来て、菊のうえにぱあーっと置いた。
みんな、棺桶のなかを彼女らしいもので満たしたいのだった。
そういうことに目を配らせ、式場の人の一挙手一投足、位牌を扱う仕草も、この人たちが彼女のお葬式を担うのねって。
お焼香に並ぶ人は、わたしの知ってる人もいれば知らない人もいた。
棺を前に、おいおいと雪崩のように泣き崩れる人につられ、何度も何度ももらい泣きのループ。
共感が充満してる。
「生きてる」から「死んだ」が、あまりにも呆気なくてくらくらする。
彼女のふたりの息子たちが前列に座っていた。うちの長男と歳が近しい次男とは面識があったので、お通夜のときとお葬式のとき、ポツポツと言葉を交わした。でももっと、何かを伝えたい気持ち。それがなんなのか。
最後の最後、彼女を乗せた霊柩車を見送った。車は県道を左折、視界から消えた。
振り向いた次男が、彼女そっくりの表情でペコリと会釈をしてくれた。
「あ、かのちゃんの遺伝子」
ハッとした。
近づいてきた次男に思わず、「かのちゃんの遺伝子をよろしくね!」と言葉をかける。
喪服姿の細い背中をパチンとたたき、目を見て言った。
次男はいささかの困り笑顔で、「はい、しっかり受け継ぎます」と。
それがなんとも嬉しかった。
堪えつつも、まだまだ彼女を思い出したい。記憶を反芻して、輪郭をなぞる。
彼女の骨を、海に返すまで。
https://www.youtube.com/watch?v=mbARPXPfjkI
ディアンジェロとプリンス、聴きまくってる。
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