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シリーズ・留学を考える [6] - 異なる言語を使うということ

留学を考えるシリーズ。今日は、異なる言語を使うことについて書いてみたい。

ニュージーランドに留学すると、日常生活は全て英語だ。日本で暮らして日本語で生活していたのと、大きく変わる。

留学をスタートしたときにはほとんど英語がわからない留学生も多い。特に中学生の年齢から留学する人は、What is your name? と聞かれても、Yes! Yes! と答える人もいる。これは実話だ。

そんな英語力から留学を始めても、3ヵ月くらいたつと友達や先生の言うことがなんとなく聞き取れるようになってくる。そして半年くらいたつと、自分で英語で何かを伝えることができるようになり、1年目の留学を終えるころには、友達と英語でコミュニケーションが取れるようになる。

留学を始めた人によく言うのは、留学に来るとき機内で見た英語の映画はほとんど理解できなかっただろうけれど、1年目の留学を終えて帰国するときには、機内で字幕なしで英語の映画が見られる、ということだ。

それで多くの留学生は、なんとなく自分の英語力の伸びがイメージできるし、目標も定まる。

それまで日本語でしかコミュニケーションをとっていなかった人が、英語でコミュニケーションをとるようになると、何が変わるのだろうか?

それは単に、英語ができるようになって、コミュニケーションの幅が広がるというだけではない。

日本語と英語はかなり違う言語だ。たとえば、日本語は主語を省略しても通じることが多いけれど、英語では主語をきちんということが多い。

また、日本語では、主語に応じて動詞が変化することは少ないけれど、英語では、主語の人称や人数、そして動詞の時間によって、変化する。「三単現のS(主語が三人称で単数で、時制が現在の場合、動詞にSがつく)」などと日本の英語の授業で習うのは、その典型だろう。

また、日本語では、否定文は最後まで読まないとわからないことも多いけれど、英語は文の最初のほうで否定の単語が入る。「食べ物と飲み物の持ち込み禁止」は英語で「No Food and Drink Allowed」などという。

さらに、日本語では、修飾語が先に来て後に名詞がくることが多いけれど、英語では、先に名詞を言って、あとでそれを説明することが多い。関係代名詞などはその典型だろう。だから、長い英語を日本語に訳すときには、「文の後ろから訳し上げる」ことになる。

細かいところでは、日本語で自分のことを表現する単語はたくさんあるけれど、英語はほとんどの場合「I」だ。日本語では「私」「僕」「俺」「自分」「わし」「おいら」「わて」「うち」「小生」などいろいろあるし、自分のことを「お父さんはね」「先生はな」などと言うこともある。英語で子どもに対して自分のことを「Your Father」などとは言わない。

これらの違いは、日本で英語を学ぶときに「知識」として覚える。けれど、実際に留学に来て毎日英語でコミュニケーションをとっていると、コミュニケーションの「態度」が、日本語から英語に変わってくるのだ。

たとえば、常に主語を明確にすることが求められるのだから、いつも、主語はなんなのかを考えながらコミュニケーションをする。そうしているうちに、「誰が」そをれをしたのか、「なに」が話の中心なのか、を常に明確に考えながら話し聞く態度を身に着ける。

また例えば、動詞が時間によって、現在形、過去形、未来形と変わるのだから、いつも「これはいつのことなのか」を意識しながらコミュニケーションをする。そうしているうちに、「時間」がコミュニケーションにおいてとても重要だという態度になる。

また、何かを否定する場合は最初にそれを伝えるのだから、否定の意思を明確に、ときには強く表現することに慣れてくる。

さらに、修飾や説明を後で付け加えるのだから、まずは主語と動詞で結論を伝えざるを得ない。それによって、簡単に言えばどういうことなのかをまず表現し、そのあと理由や説明を述べるという態度になってくる。

日本語と英語では、文法や構文や単語が違うだけではなくて、コミュニケーションの中で、重きを置くところが大きく違うのだ。

だから、英語でコミュニケーションをとるようになると、何を重要と考えるのかが変わる。そして会話の中で何が重要なのかが変わると、日常生活の中での重要度も変わってくる。日常生活の中での重要度変わると、当然その人の物事に対する考え方も変わるし、生活に対する態度も変わる。

英語を毎日使って、常に「主語はなんなのか」「時間はいつなのか」「否定か肯定か」「結論はなにか」などを考えながらコミュニケーションをする。そうすることで、日本語とは違う態度を身に着ける。

留学をして、英語でコミュニケーションができるようになるということは、単に英語がペラペラになるというだけではなくて、その人の考え方が変わり、態度が変わり、その人自身が変わることなのだ。


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