単に自分が快く思わない だけなのかもしれない
私もそうだけれど、誰かが言っていることを聞いて、この人の言うことは少し間違っているんじゃないだろうかとか、この人の行動は少しおかしいんじゃないだろうか、と感じることがある。
その相手が非常に近しい人だったり、自分よりも立場が下だと思ったときには、あなたの言うことは間違っているとか、あなたのしていることはおかしいとか、とつい言ってしまう。
確かに、誰が見ても明らかに間違っていることを言っていたり、おかしいことをしている人もいるだろう。
でも少し考えてみると、実際にはそうでないことも多い。
たとえば、自分の子どもが反抗的な言葉を使ったとき、親はつい、お前の言うことは間違っていると言う。あるいは、学校や職場の後輩や部下がやったことが、自分のやってほしいことと違ったとき、そのやり方はおかしいと言う。
でも 後でよく考えてみると、子どもの言うこともあながち間違いではなかったり、後輩や部下のやり方でも全く問題がないことに気づく。
誰かの言っていることが間違っているとか、誰かのやっていることがおかしいと感じるのは、単に自分が、それらを「快く思わない」だけなのかもしれない。
単に自分が快く思わないだけで、それをいかにも、誰かの言動や行動が間違っていたりおかしかったりすると、頭の中で変換してしまう。
かなり身勝手だ。
私もそうだけれど、歳を取るにつれて、この身勝手さが当たり前になって、自分が快く思わないことをすべて相手のせいにしてしまう。
自分でかなり意識をして、気をつけていかなければならないと思う。