だって、あなたの笑顔が大好きなんだもん!
私、菅原咲月。
ごく普通の高校生。
今は5時間目の授業中。
みんなはぐっすり眠ってるみたいだけど...。
私は赤点を回避するために、真面目に授業を受けている。
まあ真面目に受けても赤点ギリギリなんだけどね...。
みんな寝てても頭いいなんて、いいなぁ...。
でもそんな私の真面目なお勉強を妨害する要素が2つある。
1つは窓から抜けてくる隙間風。
赤や黄色に染まった葉を散らす空っ風は、窓際に座る私を芯まで冷やしてくる。
そしてもう1つは...
大好きなあなたが私の視界に入ること。
井上〇〇。
隣の列の1番前に座ってる〇〇は、短髪の黒髪と眩しい笑顔が特徴で。
小学校からの幼馴染で、それに私がマネージャーをしてるサッカー部の選手。
好きなことをして笑うあなたを間近で見たくて、
好きなことを頑張るあなたを支えたくて、
マネージャーになってみた。
うちはサッカーの強豪校だから、正直マネージャーの仕事は大変だけど...。
あなたと一緒だからめげずにできてる。
でも私がポンコツだから、あなたのこと支えてあげられてる自信はないけどね...。
隙間風が体を冷やし始めると、もう選手権まではあと少し。
選手のあなたもマネージャーの私も、優勝に向かって頑張り時。
だから、そんなあなたを応援したくて、
あなたの頑張りが報われて欲しくて、
優勝祈願の御守りを作ってきた。
鮮やかな紅色で、一見綺麗に見えるけど、
あんまり手先が器用じゃないから、形も全然綺麗じゃないし。
裁縫なんて慣れてないから、夜遅くまでかかっちゃった。
でもあなたはもっと頑張ってるんだから、せめてこれくらいはしてあげなきゃ。
なんて意気込んで作ってきたのはいいけど。
いざ渡そうとなるとなかなか勇気がでなくて、
もう太陽は傾き始めてしまった。
もうそろそろ1日が終わっちゃうから、早く渡さないと...。
でもなんて声をかけて渡そうか。
そんな風に頭を巡らせてると、
授業の内容が全く入ってこなくなっちゃう...。
授業の終わるチャイムが鳴って、号令がかかる。
授業の内容は結局あんまわかんなかったし、
どうやって渡そうか全然思いつかなかったけど。
とにかく、あなたに渡さなきゃ!
そんな風に思って。
徹夜して作った御守りを握って、
考え無しに席を立つ。
「...ねぇ...」
勇気を出して、口を開いたら。
「ねえ、〇〇くん」
先にあなたに声が届いたのは、
美空だった。
長くて綺麗な黒髪と、眩しい笑顔がとってもかわいくて、
私とおんなじサッカー部のマネージャー。
でも私なんかよりも部員のみんなのことを支えられて、
その上私なんかよりかわいくて、
私なんかより器用で、
私なんかより思いやりに溢れてる。
美空:はい! 優勝祈願の御守り! これ、〇〇くんのね?
かわいい笑顔で〇〇に真っ直ぐ喋りかけて、
いくつか持った綺麗で真っ赤な御守りのひとつを、あなたに手渡す。
〇〇:えっ! ありがとう!
〇〇:これで絶対優勝だね?
嬉しそうにあなたは答える。
先、越されちゃった。
しかも美空の作ってきた御守りは、
私なんかが作ってきたのより何倍も綺麗で。
自分の作ったものが、よりみすぼらしく感じてくる。
こんなの渡せないな...。
汚い御守りを握りしめる。
しかも私、〇〇の分しか作ってないじゃん。
他のみんなだって一緒に頑張ってるのに。
私、サッカー部のマネージャーなのに。
自分のことばっかりで、
みんなのことなんて、全然考えられてないじゃん。
こんなんじゃ、マネージャー失格だよね。
そんな風に自分の汚さを再認識すると、
笑って話してるあなた達は、いつもより色鮮やかに見えてくる。
そういえば、
美空も〇〇のこと好きなのかな?
思い返せば、美空といる時は〇〇もよく笑ってる気がする。
でも実際、私なんかより美空の方が〇〇にお似合いだよね...。
私も美空みたいに明るくて、かわいくて、優しかったら、
〇〇ももっと笑ってくれるのかな。
〇〇をもっと幸せにできるのかな。
でも私は美空みたいにはなれないから...
美空には敵いそうにないなぁ...。
結局あなたに御守りなんか渡せないまま6時間目も過ぎて、
放課後の練習の時間も、あんまり気が入らないまま終わってしまった。
美空:〇〇くんもお疲れ様。
みんなにスポーツドリンクを手渡した美空が、
明るい笑顔で〇〇にも手渡して、
〇〇:ありがと。 一ノ瀬。
〇〇も笑って受け取る。
やっぱり〇〇を笑顔にできるのは美空なんだ。
私なんかじゃ美空には...。
「咲月?」
急に大好きなあなたの声が聞こえる。
咲月:えっ! なに?
咄嗟に返事をしたから、声が裏返っちゃった。
〇〇:いや... なんか、今日元気ないけど... 大丈夫?
こっちを心配そうに見つめるあなたの綺麗な茶色の瞳に、不釣り合いな私が映る。
咲月:え? いや! なんでもないよ! いつも通りだよ!
そうやってあなたは私を心配してくれる。
あなたを支えたくてマネージャーになったのに...
結局あなたに支えてもらってばっかだし、
支えるどころか心配もさせてるじゃん。
〇〇:まあ言いにくいなら無理に言わなくていいけど...
〇〇:話したくなったらいつでも相談してくれていいからね?
なんでこんな私にも優しくしてくれるんだろう。
私は何もできてないよ?
〇〇:じゃあ着替えてくるから、先帰んないでちょっとここで待ってて。
あなたと2人で夕焼けの帰り道を歩く。
あなたにはなんにもしてあげられないから、
せめて心配だけはかけないように、
いつも通りに元気な私で振る舞わなきゃ。
咲月:最近、ちょっと練習しすぎじゃない? 体壊さないでよ?
ちょっと明るく話しかけたら、
〇〇:選手権前だからね。気合い入れないと。
なんてあなたは答えてくれる。
咲月:まあ、無理しない程度にがんばって! すっごい応援してるよ!
あなたの邪魔にならないように、
せめて笑ってないと。
〇〇:ねぇ、咲月。
あなたの声が後ろから私の肩に触れる。
咲月:ん? なにー?
ポニーテールを揺らして振り返ったら、
冬の真っ赤な夕焼けに染まったあなたが、
真っ直ぐ私の方を見てる。
〇〇:僕、咲月のこと好きだ!
〇〇:だから... 付き合ってほしい...。
静寂のキャンバスに落ちたのは、予想してなかった色だった。
正直嬉しかった。
私も同じ気持ちだよって言いたかった。
ずっとあなたと一緒にいたいよって言いたかった。
でもわかってるんだ。
私じゃあなたに似合わない。
私じゃあなたに何もしてあげられない。
私じゃあなたを笑顔にできない。
私じゃあなたを幸せにできない。
私は美空みたいにはなれないから。
補色みたいな思いが、頭を駆け巡る。
咲月:ご、ごめんなさい...。
本心だけど、本心じゃない。
そんな言葉が自分の口から飛び出して。
自分で断ったくせに、さっきまで鮮やかな赤に染まってた冬の空も、なんだかモノクロに感じてくる。
咲月:うれしいけど...。私じゃ〇〇に似合わないよ...。私、〇〇になんにもしてあげられないし。
私なんかより美空の方が、
あなたを笑顔にできるよ。
咲月:だから... 他にもっといい子探しな?
私なんかの汚い色で、あなたが染まって欲しくない。
あなたには幸せで、笑顔でいてほしいの。
だって...
あなたの笑顔が大好きなんだもん。
その日からあなたをなんとなく避けるようになった。
それでもあなたは私に何回か想いを伝えてくれたけど。
でも私は全部断った。
だってほんとにあなたが好きだから。
好きな人だから幸せになって欲しい。
最初にあなたが告白してくれてから1週間経って、
あなたからの告白もなくなった。
これであなたの邪魔にならなくなったよね...。
そんな風に思ったある日。
いつも通り長い練習が終わって、
私はみんなにスポーツドリンクを渡して、
咲月:お疲れ様...。
ちょっとぎこちなくあなたにも手渡す。
〇〇:咲月。話があるからちょっと待...
咲月:ご、ごめん! 私、用事あるから...。
そんな風にあなたに言って、
あなたから逃げるように、
冬の群青に染まった空の下を
1人で家に向かって走る。
またこうやってあなたを邪魔してる。
そんな自分も大嫌いだ。
でもマネージャー擬きじゃ選手より走るのは遅いに決まってて、
「咲月!」
あなたのちょっと焼けた手が、
息が切れる私の腕をぎゅっと掴む。
〇〇:ちゃんと... 話してくれよ...。
あなたはちょっと息を切らす。
咲月:...私も... 〇〇のこと... 大好きだけど...。
咲月:私、美空みたいに〇〇のこと幸せにできないよ...。
咲月:私じゃ... なんにも... してあげれないから...。
もっと心配させちゃうから。
泣くな。私。
〇〇:僕は咲月のことが好きなんだから、美空みたいになろうとしなくていいんだよ...。
もう、こんな私を慰めないで。
〇〇:それに... 咲月には色々してもらってるよ?
〇〇:それでも咲月が、自分じゃなんにもできてないなんて思っても...
〇〇:咲月が隣にいてくれるだけで、僕はすっごい幸せだから。
〇〇:ほら、今だって。咲月が隣にいるから、
〇〇:こんなに笑ってるでしょ?
不器用で、優しい作り笑いを私に向けてくれる。
咲月:なんで...。
咲月:なんでそんなに優しくするの...?
冬の冷たく乾いた頬に、
あったかい涙が一筋流れる。
〇〇:咲月のことほんとに大好きで...。
〇〇:...咲月には... 僕の隣で...
〇〇:笑ってて欲しいから...。
あなたはちょっと顔を赤くして、
私に優しく言ってくれるんだ。
咲月:緊張してる?
ロッカールームで綺麗な赤い御守りをつけたバッグをいじって、準備してるあなた。
ちょっぴり焼けた肌は、いつもより青白く見えて、
表情はかなり強張ってる。
〇〇:うん... かなりしてる...かも...。
美空:いつも通りやれば大丈夫だよ。
咲月:そうだよ! 美空の言う通りだよ!
〇〇:そうだよな...。いつも通り頑張ってみるわ。
あなたはちょっと伸びをして、
青空の下の緑の芝生に向かって、
ちょっと緊張気味に飛び出そうとする。
咲月:あ! 〇〇!
私の声がそんなあなたの肩に触れて。
〇〇:どした?
あなたが振り返ってくれるから。
ちょっと背伸びして、
あなたにちょっとキスをする。
〇〇:え//
美空:きゃ//
咲月:はい! これ応援のさつきっちゅ!!
いつもみたいに笑ってほしいから。
咲月:これで元気になったでしょ?
私があなたに笑って言ったら。
〇〇:うん// めっちゃ。
頬をちょっと赤く染めて、笑って答えてくれる。
よかった、いつも通りの〇〇だ。
咲月:がんばってね!! 〇〇!
〇〇:ああ! 絶対優勝するよ。
そんな風に私に言って、
綺麗な紅だけど、あんまり形は綺麗じゃない御守りを握りしめて、
あなたは外に飛び出してく。
美空:2人とも熱々だね?
私たちを見守っててくれた美空が笑いかける。
咲月:〇〇が笑ってくれたみたいでよかったよ。
美空:〇〇くん、咲月と一緒ならいつもニヤニヤしてる気がするけどね笑
咲月:でもほら!
咲月:〇〇にはもっともっ〜と笑っててほしいじゃん!
だって、
あなたの笑顔が大好きなんだもん!
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