大好きなあなたに、手作り料理を食べてもらいたい!
音を立ててドアは開く。
「...ご乗車ありがとうございました...」
駅の名前が連呼されると、
詰め込まれた背広たちはホームに溢れ出して、
階段の方にとぼとぼと吸い込まれてく。
いつもは私もその中の一員だけど、
今日は急いで帰らなくちゃいけない。
だって、今日は私が夜ご飯作るよって、
大好きな彼氏に宣言してきちゃったんだもん!
でもこういう日に限って、
仕事はいつもより長引くし、
電車もちょっと遅れてる。
まだ何作るかも決めてないし、
材料だって買ってないのに...。
一応今日は遅くなりそうってLINEはしたけど...。
〇〇、お腹空かせて待ちくたびれてないかなぁ。
…でもそんな時に食べるご飯が、
私なんかの料理でいいのかな?
もっとおいしい料理食べたいんじゃない?
…なんて今は考えてる暇なんてない!
とにかくスーパーに寄って帰らなきゃ!
そんな風に思って、
改札に続く階段を、人の群れを縫いながら、
危なくないくらいに、
小さじ一杯くらいの速さで駆け降りる。
改札にカードを当てて、
スーパーの方に向かおうとするけど、
駅前の信号は点滅し出して赤に変わって、
私の行く手を阻んでくる。
急いでる時に限って赤になっちゃうんだから...。
なんて思ってもしょうがないから、
今は何を作るか考えよう!
あれ?
大見得切って夜ご飯作るなんて言ったけど。
私って何が作れるんだろ?
お料理は〇〇がほとんど作ってくれてたからなぁ...。
なんて考えてたら、
信号は緑色に光って、
待ち侘びた人々は、
横断歩道を渡り出す。
私も波に乗り遅れないようして、
いつもより遠く感じたスーパーに
やっとの思いで辿り着いた。
帰宅時間帯のスーパーは、
お仕事帰りの人たちで賑わってるけど。
1人でお買い物なんて久しぶりで、
探してる物がどこにあるかもわかんない...。
いや、そもそも何も決まってないじゃん!
早く決めないと、どんどん帰るの遅くなっちゃうよ...。
なんて焦り始めると、
余計になんにも浮かばなくなってく...。
そんな私の目に、
割引された豚肉が映る。
よし! 今日は酢豚にしよう!
やっとそうやって決心して。
〇〇が美味しく食べてくれる姿を想像しながら、
あとはお目当ての食材を探すだけだ。
酢豚...。
酢豚かぁ...。
酢豚ってなにがいるのかな?
お酢はいるだろうけど、お家にあるだろうし...。
あとは片栗粉とか?
そういえば酢豚って食べたことないけど...。
まあ茶色いイメージあるから、
なんかソースとかもいる気がする!
あと隠し味かなんかでパイナップルも買っとこう!
そうと決まれば仕事は早い。
がんばってお目当てのものを探して、
お会計を済ませたら、うきうき気分で家路につく。
〇〇、喜んでくれるかなぁ...。
リズミカルに音を立てながら、
掌をお肉が行ったり来たり。
いつもより遅い彼女を待ちながら
今日もあなたの喜ぶ顔が見たくて、
愛を込めて晩御飯を作る。
そしたら鍵が開く音がして、
玄関の方から賑やかな音が聞こえる。
今日も無事帰ってきてくれたみたいだ。
「ただいま!!」
料理の手を止めて、あなたの方を振り返ると、
スーパーの袋を持ったあなたが、
元気な笑顔を見せる。
〇〇:おかえり。
にしても咲月が買い物なんて珍しいな...。
なんて思っていたら、
咲月:え!? 〇〇、なんでお料理してくれてるの!?
あなたは驚きと困惑を含んだ顔を見せる。
〇〇:...あれ?
〇〇:遅いなら、今日は僕が晩御飯作っとくねってLINEしなかった...っけ...。
そんな言葉が口を出ると、
あなたの表情はみるみるとろ火になる。
〇〇:...LINE… 見れてなかった?
咲月:...うん...。
下唇を噛んで俯きながら、
咲月:ごめんね...。ちゃんと連絡見とけばよかった...。
今にもちょっと泣き出しそう。
〇〇:別に謝ることなんてないよ?
〇〇:材料だってすぐ使わなきゃいけないわけじゃないしさ?
咲月:...うん...。
今日はいつもより落ち込んでるみたいだ。
〇〇:それに、今日は咲月の大好きなハンバーグだよ?
咲月:...ほんと?
あなたの表情はだんだん勢いづいて。
〇〇:ほんと。
〇〇:だから元気出して、手洗って着替えてきちゃいな?
咲月:うん!
すっかりいつもみたいな笑顔を見せたあなたは、
スキップしながら、洗面台に向かってく。
素直でかわいいな、ほんとに。
なんて心の中で呟いて。
ちょっと真ん中を窪ませたお肉を、
薄く油がひかれたフライパンに並べる。
込めた愛も肉汁も、
外に溢れないように。
ジュージュー音を立てるお肉を、
ヘラで形を整えながら、
愛を込めて焼いていく。
咲月:わ! 美味しそうな匂いしてる!
そしたら部屋着に着替えて、
すっかり元気になったあなたがやってきて、
フライパンを覗き込む。
〇〇:こ〜ら。危ないから離れてなさい?
子供を諭すみたい僕が言うと、
咲月:は〜い。
あなたは素直に返事をして、
今度は食器棚を開けて、
お皿やお箸をテーブルに並べ出す。
ちょっと抜けてるところはあるけど、
周りのことがよく見えてる。
〇〇:ありがとう。咲月。
そんなあなたにお礼を言いながらお肉を裏返す。
咲月:いいの! せめてこれくらいはしないとね!
「いただきます!」
ワンルームのマンションで
小さな机を囲む2人の声が響いて。
特製のソースがかかったハンバーグが割れると、
肉汁がそこから溢れ出す。
咲月:すっごい美味しそう!
あなたは目をキラキラさせながら、
一切れ口に運びこむ。
咲月:う〜ん! すっっごい美味しい!
誰よりも美味しそうに僕のご飯を食べるあなたは、
満面の笑みで僕を照らして、
咲月:いつもありがとう! 〇〇!
そんな風に僕に言う。
やっぱりあなただと、料理の作り甲斐あるな。
咲月:ねえ〇〇。
向いに座るあなたは、
ハンバーグを食べながら、ふいに僕に聞く。
咲月:〇〇って料理人じゃん?
〇〇:まあね。まだ駆け出しだけど。
咲月:なんかご飯美味しく作れる秘密とかないの?
羨望の眼差しで咲月は僕を見つめる。
秘密...。
秘密かぁ...。
〇〇:...愛?
咲月:...愛?
〇〇:うん。愛が隠し味かな?
咲月:...テキトーに言ってない?
〇〇:至極真面目だよ?
だって
どんな人よりも、
あなたが1番美味しそうに食べてくれるじゃん。
咲月:むー。それじゃあ参考にならない!
ハンバーグをもう一口頬張って、
不貞腐れたようにあなたは言う。
〇〇:まあ事実だしなぁ...。
咲月:もう... 〇〇に作ってもらってばっかじゃ、申し訳ないよ...。
今度はまたしょんぼりして、口を尖らせる。
〇〇:好きで作ってるんだから、全然申し訳なく感じることないよ?
それに...
僕が素直に伝えられない愛を、
隠し味に入れてあなたに伝えてるから。
僕が素直になれない分、
料理くらい僕に作らせて、
大好きなあなたに愛を伝えさせてよ。
咲月:...でも... 私だって美味しいお料理作れるようにならないと...。
〇〇:...咲月の料理、今でも全然美味しいと思うけどなあ...。
この前作ってくれたメンチカツも、
ボリューミーでかなり良かったなぁ...。
咲月:〇〇がバカ舌なだけだよ!
咲月:〇〇だけだもん。美味しそうに私のご飯食べてくれるの。
それはそれで特別感があっていいけど...。
ちょっと悲しそうにあなたは言うから。
〇〇:...じゃあ明日、一緒にご飯作ろっか?
咲月:...いいの?
なんだか特別なことをしてもらえたみたいだけど。
〇〇:ふふ。ダメな理由なんてないでしょ?
〇〇:一緒に作ったら、咲月が納得いくの作れるんじゃない?
咲月:ほんと!? ありがとう!
咲月:それなら上手く作れるようになるかも!
あなたの顔はまた笑顔に包まれる。
感情が行ったり来たりするのも、
あなたのかわいいところ。
〇〇:あ。でも一緒に作るのは週に1回ね?
咲月:え! なんでよ!
咲月:もっとやったほうがお料理早く上達して、〇〇の負担減らせるよ?
〇〇:そう言ってくれるのはありがたいけど...。
負担だなんて思ってないし。
それに、できるだけ多く
大好きなあなたに、手作り料理を食べてもらいたいしね。
〇〇:まぁ、とりあえず週1ね?
そんな理由、恥ずかしくてあなたには言えないけどね。
咲月:え。あんまり納得してないけど...。
〇〇:まあまあ笑
〇〇:それはそうと、明日は一緒に何作る?
自分で作ったハンバーグをつまみながら、
あなたに問いかける。
咲月:あ! それはもう決まってるよ!
そしたらあなたは嬉しそうに、
咲月:酢豚! 今日作ろうと思ってたから!
なんて僕に笑いかける。
〇〇:おっ。酢豚いいじゃん。
〇〇:僕、酢豚好きだよ。
って僕も笑いかけたら。
咲月:ほんと!? 良かった!
あなたはちょっと前のめりに、
子供みたいにはしゃいで、
咲月:〇〇と一緒なら絶対美味しくなる気がする!
なんて嬉しそうに笑う。
〇〇:あはは。ありがとう。
〇〇:酢豚、絶対美味しくしようね?
咲月:うん!!
あなたの愛おしい声が、
電灯に照らされた、都会のマンションの一室に響く。
さぁ
明日はどんな風に隠し味を入れようかな?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?