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夏の暮れに、彼女と2人乗りデート、



「わぁ... 綺麗...。」





ヘルメットについたインカム越しに


聞き慣れた君の声が響く。




何時間もバイクを走らせて、


1年ぶりに走る国道。



草木が生い茂るカーブを抜けて。



視界に飛び込んでくるのは、





青く輝く大海原。





眩しい日差しを反射して、


思わず手をかざしそうになる。




〇〇:何回来ても綺麗だねぇ...。




波は白い砂浜に打ち寄せて、


岩に砕けて消えていく。





君と初めてここを走ったのは、



大学1年生の夏休み。



燃えるような盛夏の下、



まだ買いたてのオートバイの後ろに、


君と君への想いを乗せて。







「来年もまた一緒に来ようよ。」



なんて約束をしたあの日から、


もう4年も経ったらしい。





インカム越しで話す君の声。



バイクのエンジン音。



打ち付ける波の音。



対向車の風の音。



鳴り止まない油蝉の声。




あの頃の賑やかな思い出が、


鼓膜の奥で反響してる。





毎年君とここを走って。



毎年君と約束をして。



ここを走るのはもう5回目。







あの日から僕たちは色々と変わった。



君は僕の彼女になって。



ヘルメットはお揃いになって。



君が後ろに乗ることは、


もう当たり前になった。




大学生だった僕らは、


いつ間にかもう社会人。



向かう場所は別々になって。



休みの日も別々になって。



一緒にいる時間は減った。




2人の間の沈黙も...



なんだか多くなった気がする。







それに...



あの時は僕に強めに抱きついていた君は、





もう2人乗りに慣れたからかな?





少し弱めに僕の腰に腕を回すだけ。







…。







咲月:ねぇ、〇〇。






僕を呼ぶ君の声が


しばらくぶりにインカムに響く。






咲月:あの飛んでる鳥、ツバメかな?






君は入道雲が浮かぶ日盛りの青空を、


腰に回していた手で指差す。






〇〇:...どこ? 鳥なんている?






咲月:いるじゃん! 海の方に飛んでってるよ!







〇〇:え? どこよ。






…。







咲月:あー...。もういなくなっちゃった...。






〇〇:...あぁ、ごめん。見えなかったわ...。







…。







ふと訪れる君との沈黙。







バイクのエンジン音が。





打ち付ける波の音が。





対向車の風の音が。





鳴り止まない寒蝉の声が。







そんな僕たちの沈黙を、


どこか誤魔化す。







もうあの頃とは違うぞってことから、



目を逸らさせるみたいに。







…。







〇〇:...今年も... 晴れてよかったね。





咲月:ほんとにそうだね...。







…。







君は僕なんかとデートしてて楽しいんだろうか。







せっかくの休日なら休んでたいんじゃないか。







最近、わからなくなってしまった。







君への愛の伝え方も。







あの頃、どんな風に話していたかも。







君が僕のこと、


どう思っているのかも、もう...。







…。







波に乗って吹きつける涼風が、



初秋の寂しさを連れてきて。







「来年もまた一緒に来ようよ。」




なんて甘い言葉は、







夏と一緒に波に攫われた。






国道沿いの道の駅。


バランスが崩れて倒れないように、


サイドスタンドを立ててバイクを停めて。



道の駅でソフトクリームを買って、


2人で波の音を聞きながら食べるのが、


毎年の僕らの恒例行事。







咲月:〇〇〜。はやく〜。




吹きつける風に髪を揺らしながら、


さっき買ったソフトクリームを片手に、


もう一方の手を振って僕を呼ぶ。



〇〇:今行くよ〜。




時々吹いてくる海風に、


思わず半袖の腕を組んでしまう。



夏のピークを過ぎた海は、


賑やかな人影はもう少なくて、


海の家の跡が寂しく佇む。



君の隣に腰掛けて、


打ち寄せる波の音を聞きながら、


ソフトクリームを一口。



もう暑すぎることはないから、


すぐに溶けてしまうことはないけれど。




咲月:うん! おいしい。




なんて元気に言って、


君はとびきりの笑顔を見せる。





そんな風に笑う君を、


いつまでも後ろに乗せていたい気がするけど。





そんなの君は望んでない気がするから。







この夏が終わる頃には、




僕たちの関係の答えを、




もう、出さないと。






アイスでちょっと冷えた僕の背中に、


君と君への想いを乗せて、


君は僕の腰に腕を軽く回す。



スロットルを全開に、


君との思い出から遠ざかる。



短くなってしまった陽は、


真っ青だった空と海を、


もう茜色に染め始めたらしい。







「ねぇ、咲月。」





潮風にずっと晒されて、


錆びついてしまった青看板が、


頭上を通り過ぎていく。





〇〇:真っ直ぐ進んでトンネル通って行くか、



〇〇:海沿いの旧道通って行くか...




〇〇:どっちがいい?





…。





数拍だけ、



無言の時間が流れて。







咲月:...〇〇の... 好きな方でいいよ?





ヒグラシの鳴き声と一緒に、


君はそうやって答える。





〇〇:...そっか...。







…。







海風がまた、僕たちを冷やす。







…。







咲月:...〇〇はさ、







〇〇:...うん?






君からの声が、インカムに響く。






咲月:さっきのソフトクリーム、美味しかった?







ついさっきまで吹いていた海風はおさまって。







〇〇:美味しかったけど... どうしたの?







うるさかった寒蝉たちも、



しばらく間奏に入りだす。







咲月:いや... なんかってわけじゃないんだけどさ...。







…。







咲月:なんにも言ってくれなかったから、美味しくなかったかなとか...







…。







咲月:...ほんとは、もうアイス好きじゃなくなっちゃったかなとか色々思っちゃってさ...。







…。







対向車線を轟音が過ぎ去って、


対向のトラックが来ていたことに気づいた。







咲月:...ごめんね? 変なこと聞いちゃって...。







…。







夕凪の沈黙が僕たちを包んで、





バイクのエンジン音だけが響いてる。






…。







あぁ... そうか。







…。








こんなにも静かだから。







自分の本当の胸の声も、



はっきりと聞こえてくる。







…。







ずっと一緒にいたいだろ。







…。







自分に素直にならなくちゃ。







自分の気持ちを誤魔化すのはもうやめろ。







黙ってちゃこのまま終わるだろ。






言葉にして、ちゃんと。







君に伝えなくちゃ。







…。







〇〇:ねぇ、咲月。







…。







咲月:...なに...?







…。







〇〇:...来年もまた...





〇〇:絶対一緒に来ようよ。







…。






腰に回った腕の力は強くなって。



背中全体で君の温度を感じる。







咲月:...もう、来れないかと思っちゃった...。







少し震える君の声が、



インカム越しに響くから。







〇〇:...ごめん、咲月。







…。







〇〇:勝手に自分1人で色々勘繰って、





〇〇:デート誘うのとか...





〇〇:付き合ってることも、咲月の邪魔になってないかなとか思って...





〇〇:咲月になんにも伝えないまま、





〇〇:望んでもない答え、出そうとしてた...。







咲月:それは私もおんなじだから...。





咲月:私こそ...





咲月:〇〇忙しいかなとか、もう私のこと好きじゃないかなとか...





咲月:色々考えてなにも言えないで...





咲月:...ほんとに、ごめんね。







君の抱きしめる力はより強くなって、


背中で一層君を感じる。







…。







ああ... やっぱりいつまでも、





こんな風に...。







咲月:...ねぇ。





咲月:〇〇、ドキドキしてるよ?







僕の背中に耳を当てて。



ちょっと揶揄うように君は笑う。







〇〇:...うるさい。咲月の気のせいだよ。




咲月:もう素直じゃないんだから〜?





インカム越しに、


君の笑い声が響いて。





〇〇:おい。それはお互い様だろ?







久しぶりに、


君の笑い声聞いたかも。







咲月:ねぇ、〇〇。





〇〇:どうした?





咲月:やっぱり私、トンネルじゃない方通って帰りたい。





〇〇:やっぱり咲月も?


〇〇:僕もちょうどそう思ってた。





そんなことを話しながら。



ウィンカーを点滅させて、



トンネルに続く国道を左折する。





海沿いの旧道から見える空と海は、


すっかり茜色に染まってる。







〇〇:咲月〜?





咲月:ん〜?







ヘルメットについたインカム越しに


聞き慣れた愛しい君の声が響く。







〇〇:大好きだよ。







咲月:えへへ。



咲月:私も大好き!!







夕凪の沈黙は過ぎ去って、




インカム越しの君の笑い声が。



バイクのエンジン音が。



打ち付ける波の音が。



対向車の風の音が。



鳴り止まないヒグラシの声が。




2人の間で賑やかに響いてる。





山の方から吹いてくる風は涼しくて、



ひと夏の終わりを感じさせるけど。





もう2度と夏は来ないわけじゃないから、



寂しくなんかない。







ちゃんと言葉にして、伝えられるから。







また来年の夏も、君と...。



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