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タイムマシン

ある日、俺は廃品の山にいつものようにガラクタを投げていると、見たことのない文字が書かれている不思議な機械を見つけた。丸い大きな扉が正面に付いており、ドラム式洗濯機のようだが服を洗えそうにもない。俺の仕事は認可されていない安月給の廃品回収業者で、このガラクタも全て不法投棄しているに等しい物のため、いくら取ったってバレることも怒られることもない。俺はこの機械を持ち帰ることにした。

汗だくになりながらなんとかアパート2階の部屋に機械を運び入れ、少し綺麗にしてやると、狭いボロアパートの和室には似つかわしくない、近代的な最新家電のように異彩を放つ。ただでさえ窮屈な部屋で、何年も彼女と貧しく同棲もしているというのに、こいつのせいでさらに狭く感じる。自分で持ってきたものの、あとから帰ってくる彼女にこっぴどく怒られそうだ。ただ状態は良さそうで、少しでも金になるのではないかと思うとそんな不安も気にならなくなる。

説明書はあるはずもなく、それぞれのボタンに書かれている文字も古代文字のように歪な形ばかりで、動かし方がさっぱりわからない。電源を繋ぐためのコードもなかったので、俺は少し考えてからとりあえず一番大きいボタンを押した。すると、SF映画でしか聞かないような重低音を鳴らしながら、扉の先がいろんな色に光り始めた。ガタガタと大きく動き、床が抜けてしまうのではないかと冷や汗が出てきた。しばらくすると音も動きも収まり、アパートが破壊されなかった事に胸を撫で下ろす。と同時に、機械の丸い扉がカチャッと開いた。まだ奥の方が少し光っているように見える。扉の中を覗くと、機械自体の奥行きと寸法が合わない長さの先に、光が差し込んでいるもう1つの扉が見えた。俺は意を決して機械の中に入り込み、向こう側の扉を目指した。

扉を開けると、そこは俺の家と比にならないほど綺麗な家の中だった。こっちの扉はどうやら本物のドラム式洗濯機のようだ。洗濯機から出て廊下を進んでみるといくつもの大きな部屋がある豪邸だった。そしてこれまた広く、美しい木々と花々に囲まれた中庭に、くつろいでいる1人の男の姿があった。男はこっちを見ると、

「あぁ、これくらいの時期だったか。」

とぼやいて、大きなあくびをしながら体を起こした。明らかに不法侵入をされているのに妙に落ち着いた調子で、俺の方が少し怖くなって体に力が入った。近づいてくる男は30歳くらいで、なんだか生気のない目をしていた。そして、どことなく俺に似ている。

「俺は未来のお前だ。そして、明日の正午ぴったりに、駅前の売り場で宝くじを5万円分買え。今の俺が今後のお前になるぞ。」

男は俺の前に立つや否や意味不明なことを言い出した。

「何言ってんすか。お前は俺って…。」

俺は戸惑いながらも、真っ直ぐこちらを見つめる男の真剣な顔と、少し老けさせた俺とそっくりな顔つきに異様な信憑性を感じていた。

「お前、妙な機械を拾ってここに来ただろう、それがタイムマシンなんだ。だから俺はお前なんだ。信じなくてもいいが、とにかく言う通りにだけはしろ。」

俺が機械を拾ったのを知っていたことや、男の対応を見る限り、おそらく男の言っていることは正しいのであろう。とすると、買えと言われた宝くじは確実に当たるのだろう。

「5万なんて大金持ってないっすよ…。」
「タイムマシンを壊せ。部品を売ればちょうど5万になる。」
「で、今のあなたみたいに金持ちになれるってことすか?」
「そうだ。それまでの苦しい貧乏生活とはおさらばで、欲しいものはなんでも手に入るようになるぞ。」

男の目が鋭くなる。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。周囲を見渡すと、ベットくらい大きくてフカフカなソファ、映画館のようなテレビ、煌びやかなシャンデリア、重厚なピアノ、今の俺でさえ見たことのある作風の絵画、マッサージチェアや最新のゲーム機だって揃っている。奥のキッチンでは使用人らしき美しい女性がコーヒーを淹れており、フルーティーだが品のある香ばしい香りが、鼻の奥いっぱいに広がった。

ただ、こんなにも広い豪邸で多くの物が揃っているが、その派手さとは裏腹に静かで寂しい異様な雰囲気があった。ここにある物はただ置いてあるだけで、誰も使っているようには思えないのだ。

「あんた、家族は?」

俺が男に問うと、目つきが再び生気を無くしていく。

「家事をやる人間だって、遊び相手だって、話し相手さえも金で買えるんだよ。」

そう言い捨てると、男はまた庭に戻ってくつろぎ始めた。俺はしばらく立ちすくんでいたが、コーヒーの香りがなんだか嫌になり、帰りたくなってその場を後にした。出てきた洗濯機のもとへ向かう途中、豪邸には似つかわしくない狭い部屋を見つけた。気になって中を覗いてみると、そこには女性ものの服やバックといった高級ブランド品が、タグが切り取られていない新品の状態で保管してあった。派手なデザインや大きくロゴが見えるものばかりで、正しく成金の買い物といった感じだ。きっとこのセンスの悪さが、使ってもらえなかった理由のひとつなのだろう。そう思っていると、ブランド品とは対照的な落ち着いた雰囲気の、見覚えのある服などが部屋の隅に小さくまとめられていた。こちらは新品ではないが、長い間大切に使い込まれていたようだ。部屋をあとにした俺は、出てきた洗濯機の中に入りもとの時間に戻った。

タイムマシンの中の通路を戻り扉を開けると、俺の部屋はいっそう狭く、見窄らしく感じる。部屋を見渡していると、中古で買った棚に彼女の丁寧に畳まれた服やきちんと手入れしてあるバックや小物が目に入った。あの男の家で見たものと同じだった。棚の上には彼女とのプリクラが飾ってある。たまにしか行くことのないデートは、ファストフード店に行きゲームセンターでちょっと遊んだり、カラオケに行ったりという具合で、その辺の中高生となんら変わらず金のかからないものだ。しかし、写っている俺たちはそんなことを感じさせないくらいの笑顔をしていた。

俺はタイムマシンを外に持って行った。そして大きめのハンマーで大胆に破壊し、ただの金属部品になるまで分解する。次の日、全ての部品を買取業者に売ると、ちょうど5万円を手渡された。金を握りしめて駅前へ向かう。「1等10億円!」の文字がうるさく主張してくる宝くじ売り場が目に入り、足を止めて見つめる。金色の文字がギラギラと、いやらしく、そして下品に見えてしまう。男の家にあったブランド品の数々と、彼女の顔を思い出した。
俺は再び歩き出し、奥の商店街に入っていく。

八百屋でじゃがいも、にんじん、玉ねぎ、肉屋では普段なら買わない牛肉を多めに。そして最後に本屋へ立ち寄って資格の参考書を買い、ボロアパートに戻る。
立て付けの悪いドアを開けると、彼女はいつもの優しい笑顔で「おかえり」と駆け寄ってきてくれた。

「今日は贅沢、肉多めビーフカレーが食えるぞ!」

俺はそう叫び、牛肉を見せびらかす。彼女があまりにも嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるため、俺もつられて2人一緒になって大喜びした。そして、狭い食卓でお腹いっぱいカレーを頬張った。

「おわり」作:新入社員


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