しんぶんきしゃⅠ【創作文】

 「そんな格好の人が新聞記者な訳ないでしょ」
 腰のゴムが伸びきったジャージに、ロックバンドのライブTシャツ。「NINNAH」。確か界隈では有名なパンクロックのバンドだったような気がする。目の前で眉をひそめている女性はパンクというより昭和歌謡が似合いそうだった。
 「そんなに、ですかね…」
 6年間の新聞記者人生の中で、ここまではっきりと言われたのは初めてだった。確かに、記者といえばスーツ姿で髪もセットし、熱心にメモを取っているイメージがあるかも知れない。ただ、全員がそんな訳はない。むしろそんな人は珍しい。
 「ん-、、えっと。ありがとうございましたー」
 ゆるいパーマのかかった頭は連日の取材でぼさぼさになっていた。もはやアフロに近づいていた。 

 20××年8月9日。男子大学生が家族3人を惨殺する事件が起きた。男子大学生は母親、父親そして弟と次々に殺していった。犯行後は原付バイクで逃走し、警察は周囲で必死の捜索を続けているが全く消息はつかめず、テレビや新聞、週刊誌がこの事件について報じ続けていた。

 午前6時。全力で走ろうとしているのに地面が沼のように沈んで走れない。次第になぜ走ろうとしているかも忘れてしまう。こんな夢で苦しんだ人はさぞ多いだろう。ベッドでうなっていると、軽快な着信音が脳内に割り込んできた。
 「サタ、殺しやで、殺し。しかも3人。とりあえず住所送るから現場行ってくれるか」
 この手の呼び出しは数回経験しているが、電話の向こうの声がここまで高揚しているのは2度目だった。
 顔を洗って、一応、髭を剃る。「まあいいかこれで」
 家族殺し、一家惨殺の大学生、猟奇的な犯行、計画的か…。タクシーの後部座席で、スマホに次々と表示されるニュースを眺めながめているうちに事件現場の住宅街に着いた。苔やひび割れが目立つ団地にトタン屋根の民家が並ぶ昭和の街並み。かと思いきや、異世界の様に小綺麗な新築一軒家が数軒出てきた。
 一つの玄関にブルーシートが乱雑にかけられていた。「立ち入り禁止」とかかれた黄色の薄いテープが、魔法のように大量のマスコミ関係者や野次馬をせき止めている。
 「現場つきましたー。規制線張られてて、中には入れそうにないですけど」
 「とりあえず、周辺の家回って聞き込みとがん首頼むわ」
 電話越しの声はもごもごと聞き取りづらい。歯ブラシでもくわえながらしゃべっているのか。
 「あと、現場は若手多いからリョウタが来るまではキャップ頼むな」
 「えっ」。はい、と言う前に切れていた。

 殺人事件などの大きな事件では、犯人や殺害方法などに関する「本筋」の取材と、周辺への聞き込みから家族関係などを洗いだす「側」の取材を並行して行う。現場に送り込まれた記者は、とにかく周りの家や店をまわって、近所づきあいや当時の物音など小さなネタを拾って、パズルの様につなげていく。
 「おはようございます。なんかひどい事件ですよね」
 2つ年下の後輩はあくびをしながら、大きな体を縮こまらせていた。
 「売れない芸人の食レポぐらい薄いな」
 「なんすかそれ。こんなに朝早かったらこんなもんでしょ」
 「とりあえず周りの家ローラーしよか」

 【創作文】小説にはなりきれないが、現実の世界の話でもない話。

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