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資本主義の限界と飲食業界の閉塞

「呼べばタクシーも来るし、食べ物も来るって、これ以上何を求めるんですかってレベルじゃないですか」

小祝:丈さんを中心に、いろんなことをやりたい、立ち上がりたいっていう人が集まれる場所になればいいですね。我々にとって、一番身近で得意な「食」によるフラッグを立てて、それにまつわる農業や漁業など、さまざまな人たちが集まってくるような。そしてゼロスタートの町を盛り上げることが、日本全体を盛り上げることにもつながればいい。丈さんが言うように、ゼロから立ち上がっていく風景が、いまの日本人を元気づけるというのは、僕も同感です。双葉町へ一緒に行ったとき、景色を見て、これはもうゼロだな、と思ったんですよ。しかしそれは言い方を変えれば、なんのしがらみもなく、スタートできるとも言える。いろんなことがチャレンジできる場所だと直感しています。いまの日本人って、すごく閉塞感を感じているじゃないですか。日本人というより日本そのものが。「失われた30年」なんて言われてますよね、日本の経済。すでにさまざまな先進国に置いていかれている。歴史を振り返れば、日本人はゼロになった時からの立ち上がりが強い国民性だと思っていて、明治維新も太平洋戦争も、焼け野原から立ち上がって、そこから高度成長期まで発展させて、今につながっている。「ゼロから立ち上がっていく風景」を双葉町から見せることができたらいいと思っています。

高崎:僕は経済成長について、思うことがあって。経済成長が止まっているという話って、資本主義のなかにおいてのことじゃないですか。止まっているというか、これ以上成長できない。Uber eatsなんか、もうすごいですよね。呼べばタクシーも来るし、食べ物も来るって、これ以上何を求めるんですかってレベルじゃないですか。考え方としてはゴールに近いというか。経済成長というものにゴールがあるんだとしたら、日本だけではなく、世界がもう終わりに近い状態になっている。資本主義の「何かを作り続けなきゃいけない」ということとは別のところで、今後僕らは生活したり、作っていく選択をしなければならないと思います。もちろん売上とか利益って大事なものではあるんですが、ただそれが目的ではないコミュニティを、ゼロだからこその双葉町で作れたらいいなと。

小祝:原点回帰できる場所ですね。利便性を追求したフードデリバリーサービスなどではない、対極の、自分で作って、自分の技を磨いて、それを取引したり、教えたりするような。まさに「なりわい」が実現できる場所。丈さんが「飲食業界の悪いスパイラルみたいなものを変えたい」と言っていたことを思い出しました。飲食業界は、早朝から夜中まで働くような、労務的なことを犠牲にしないと、上に上がれないし稼げない、みたいなことを言ってましたよね。

高崎:そうですね。もっと仕事、飲食というものを楽しんでやればいいのに、と感じています。いまの飲食業界は、楽しむことがお金を儲けるとか、星を獲るとかに直結していて、その枠が狭すぎるんです。楽しいことの幅が狭すぎて、そこをもう目指したくないっていう人たちも、実際に増えているような気がします。飲食店の楽しさ=都内で予約の取れないレストランになって、単価をどんどん上げて、またお店を出して、多くの従業員を雇って…というような。もちろん社会課題の解決として雇用を作るとか、そういうことも大事なんですけど、順序が逆になっている感じがしますね。もっと自由でいいのに。星つきのお店の方たちとも仲良くさせてもらっているので分かるんですが、その世界観は素晴らしいし、楽しい部分もあるんですけど、そこはそこなんですよね。

小祝:業界自体が内向きでカテゴライズされてますよね。

高崎:そうなんです。みんな一生懸命そこに入るために努力して、入ったらその仲間同士を大事にするっていうこと自体は大切なことですし、いいんですけど、なんか…

小祝:ちょっと村社会っぽいんですよね、悪い言い方をすると。

高崎:飲食業界をエンターテインメントとして見たとき、やっぱり枠が狭く感じてしまいます。飲食店の価値はどこにあるのか、オリジナリティはなにか…人口が減っていく日本の現状で、規定のない飲食業界は、出店だけなら誰でも簡単にできます。そこでどうやって残っていくかといえば、もう美味しいだけでは難しい時代になっています。もしもですが、テック系の、例えばAmazonなんかが飲食店を出したとしたら、すぐになくなってしまう飲食店がたくさんあるでしょう。そこに対抗していけるものは、やっぱり人間でしか表現できないもの、「経験値」でしかないのかなと僕は感じています。


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参考となる前例とアイデア

廃墟となった造船所、グラウンド・ゼロ、エストニアの電子国家

小祝:地元の町のことを意識して動こうと思い始めたのは、いつごろからなんですか?

高崎:一昨年にアムステルダムのエヴァさんっていう、廃墟となった造船所をアートで再生させて観光地化(http://www.evadeklerk.com/ja/ndsm-werf/)した方と直接お会いしたんです。東北にトップシェフが来て料理をするイベントがあって、僕はお燗番(熱燗を温める加減や時間を調整する、お燗をつける人)として、お仕事をさせていただきました。いろんな方とお話しができたんですけど、すごい世界があるんだということを知りました。そこでエヴァさんからアムステルダムの廃墟となった造船所の話を聞いたときに、双葉町がリンクしたんです。日本ではほとんど聞いたことがない、海外のそういった成功事例に衝撃を受けました。アートなんて全然わからなかったんですが、アートってそんな力があるんだと。地方に行くほど、そういう活動をしている人たちと会う機会が多くなります。

小祝:きっかけはアートなんですね。

高崎:そうです。

島野:僕の知り合いにスペイン人のデザイナーがいまして。911後、WTC(ワールドトレードセンター)のなくなったグラウンド・ゼロをアートによってどのように活かすかというプロジェクトに参加して、彼の企画はバーチャルでWTCの照明を作り、イルミネーションするというものでした。もう20年ぐらい前の話ですが、リアルではなくなったものを、バーチャルで存在させるという、その発想がとても面白いと感じました。いまは更地でなにもない双葉においても「ここにこういうものができれば」とか、「こういうものがあったほうがいい」とか、町づくりの最初のステップとして、バーチャルを利用してもいいかもしれない。リアルで、実際の双葉町にも人が来てほしいけど、バーチャル空間にみんなが集まれるような、そういった「想像」も、コンテンツとして町づくりの一つに入れてみてはどうだろう。そうすれば、さらにいろんなジャンルの人たちが集まります。そのスペイン人のデザイナーにKIBITAKIプロジェクトのことを話したら、すごい興味を示してくれたんですよ。自分のデザインやアートによって、どういう参加ができるかと。文化圏の違う人の発想という点でも面白い。きっと僕らが思ってもみない形のアイデアを出してくれるはずです。いまはネットですぐにコネクトできるから、海外の意見やアイデアも簡単に取り入れることができます。ものすごく興味を持たれるんですよ、海外の方に。もちろん前提として、センシティブな部分への配慮は必要なのですが、再スタートしていくことや、発展させるということにおいて、素晴らしい前例やアイデアをどんどん取り入れていけるような、柔軟性をもちたいですよね。縁もゆかりもないスペイン人が、福島のことを知りもしないで、と一刀両断してしまうのではなく、彼もその情報を取り入れたうえで出してくるアイデアに対して、ちゃんとリスペクトをしていきたい。門戸を広げるだけで、全く違った見え方になるだろうと思います。

小祝:新しいですね、それは。現地に一度も訪れたことがなくても、オンラインで繋がっている人が双葉の「スピリット」を送り込むような。エストニアのオンライン国家を思い出しました。エストニアは常に近隣の大国に脅かされている小国ですが、仮にその土地は壊滅させられても、世界中にエストニアの国民IDを持っている人がいます。バーチャルな世界でそのパスポートを持つのは、エストニア人じゃなくてもいいんですよ。IDを取得すれば、そこに行かなくても登記ができて、会社が立ち上げられて、ビジネスができる。エストニアはEUに加盟しているので、EUでビジネスをする目的で取得する人もいる。国の単位でもそういったところがあるぐらいなんですよ。いま島野さんの話を聞いていて、たしかにそういった新しいスタイルの町や地域があってもいいなと思いました。もうそういう時代ですよね。その土地に移住して日々生活していくことが全てではなくて、沖縄から、北海道から、海外からも参加する人がいてもいい。とにかく僕らの周りはネットワークだらけですから。いま語ったようなことに賛同してくれる人がいたら、どんどん巻きこまれてもらえばいいんじゃないですか。

島野:巻きこまれた人たち自身が想う双葉の形でいいと思うんです。双葉に生まれたわけでも、住んだわけでもない人が、たとえば遠い土地で居酒屋をやっていたとして、その人が想い入れている双葉のなにか…お祭りの写真なんかを、お店に置いたディスプレイに映していたり。彼の想う双葉が、双葉から離れた遠い場所で存在している。エストニアの話ではないけど、一人一人が参加して、想う町があちこちに存在していたら、それも町という形になり得るのではないでしょうか。


続く


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