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マイ・リトル・プリンセス
プリンセスと呼んでと、ぼくの小さな彼女が言った。
「きょうは、パパはめしつかいやくね。ママは、プリンセスのおかあさんやく」
「え、パパは召使なの?それじゃ、プリンセスのお父さん役はどうするの?」
「プリンセスのおとうさんは、きょうはいないの」
「そ、そうなんだ」
なにかとてつもなく腑に落ちない配役ではあるが、本日の主役であるプリンセス、もとい愛娘にそう言われれば受け入れるより他にない。
「はい。これつけて」
差し出されたのは、おもちゃのティアラだ。たしかにプリンセスと言うからには、これがなければ始まらない。結い上げた髪を崩さないようにそっと頭上にのせてあげると、エメラルドグリーンのドレスの端をちょいとつまんだ娘が「ありがとう」と膝を折る。どうやら彼女の中のお姫様像は、召使にも礼儀正しい人らしい。
「プリンセス、ステッキも忘れずにね」
今日は、娘の5歳の誕生日パーティーだ。赤、黄色、青、緑、ピンク、金に銀。鮮やかな折り紙の輪で作られたデコレーションリングがダイニング一体を彩り、壁にはハッピーバースデーの英文字パネルが、床にはこれまたカラフルな風船が散りばめられている。
(あとは・・・音楽か)
妻が着々と料理を進めるキッチンからは、油が衣を弾く小気味良い音が聞こえる。どうやらメインの唐揚げに着手したようだ。こちらもそろそろ部屋のセッティングを終えなければ。
「プリンセス、音楽は何にしますか?」
テレビ台の端に置いておいたスピーカーを手に取るとBluetoothでスマートフォンに接続して、それから手当たり次第に子供向けのBGM集をいくつか流す。
「これがいい!」
「よし、じゃあこれに設定するね。あとは、どこに置くかなぁ」
テレビ台でもいいのだが、もうすこし音の大きく響く場所がいいなと立ち止まって思案する。せっかくの機会だ。設置する素材によって音質を変えられるという、このスピーカー独自の特性を活かしたい。
(そうだ、あそこの段ボールにしよう)
部屋の角にひとつだけ置かれた大きめの段ボールが目に留まった。昨夜中身を全て出してしまったところだが、空箱はより振動が伝わって音が大きく響くので、この場合にはもってこいだ。
「こっちの準備はおっけーっと。ママ〜、もう料理運んでも良いかな?」
再生をタップしてその場を離れる。スピーカーから特撮ヒーローモノの主題歌が流れ出したが、カラフルでポップな部屋にはどうにもちぐはぐに聞こえて少しだけ可笑しい。
「パパ!パパ!ティアラとれちゃった!」
キッチンへ足を向けたところで、とたとたと手にティアラを握りしめた娘が駆け寄って来る。前髪のあたりが妙に荒れているから、おそらくはしゃぎすぎて転んだのだろう。召使いの設定も何処へやら・・・いや、もちろん、”パパ”の方が断然嬉しいに決まってはいるが。
「プリンセス、お部屋で走っては駄目ですよ。こうやって取れちゃうからね」
「はぁい・・・ありがとう!」
「どういたしまして」
我が子は目に入れても痛くないとは言い得て妙だが、一方で抱く愛おしさは切なさと表裏一体だ。いずれ彼女は、ぼくや妻以外のティアラを携えた誰かに出逢い、そして自らも人の親になるだろう。もしくは、自分自身で磨きをかけたティアラを輝かせて、堂々と胸を張って生きていくのかもしれない。何にせよ、ぼくが彼女にティアラを付けてあげられる時間は、きっと光の速度にも勝って過ぎていく。
だからそう遠くない未来、共に在る時間を終えた後でぼくたちを繋ぎ続けるであろう絆というやつを、いま、ぼくは懸命に紡いでいる。召使い役や手作りの折り紙のデコレーション、一番大きなケーキの塊に隣の市まで買いに行ったドレス、そして何度でもティアラを付け直してあげるこの両手。そういう、ぼくが彼女に与えられるもの全てをもって。
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