30代女がTHE FIRST SLAM DUNKを見て宮城家に感情移入しまくった話(ネタばれあり)
2週連続でSLAM DUNKを見てきた。
2回ともボロボロ泣いて宮城家に感情移入しまくった。
映画本編を通して、この年齢になったからこその感情があふれ出てきて
文章に起こしたくなった為、こちらに書き残すことにしました。
ネタばれありです。
この話の主人公宮城リョータについて
優秀な兄を持ち、その背中を追いかけ続けている姿に胸が苦しくなった
きっとソータが生きていれば、年齢を重ねて反発しあって、もう少し兄を美化せずに見れていたのだと思うけど、「憧れの兄」のまま兄を失ってしまったのだと思う。切り離したくても切り離せない存在。切り離してはいけない存在に宮城ソータはいたのではないか。
ソータがあのとき、亡くなったからこそ今の宮城リョータがあることは間違いないが、もしソータが生きていたらどんな大人になっていたのだろうと思いを馳せてしまう
宮城カオルについて
もう本当にカオルは苦しかった。カオルの心情を感じてしまうのは
それこそ今の年齢になったからこそなんだと思う。
結婚もしていないし子供はいないけど、仕事柄たくさんの親子の関係を見てきた私にとって、夫を亡くした後に最愛の長男までも亡くしてしまったカオルのことを考えると苦しくて仕方がないのだ
夫の死因は描かれていないが、もし海の事故であったとしたら…
もしそうでったとしたら海は死ぬほど憎い存在で、でも神奈川に引っ越してまで海の近くに住んでたまに海を眺めに行く。大事な場面ではいつも海が近くにある。
カオルの中で海は憎い存在である一方で、夫とソータと繋がれる場所なのではないだろうか。リョータにとってのバスケがそうだったように。
ソータの荷物をしまうシーン。一見すると「あの親やばい」と映るがあそこに至るまでのカオルの気持ちはどうだったのだろう。
片づけたらそこでおしまい。だけど片づけないと一生ソータの幻影にリョータが苦しめられてしまう、そんな思いもあったのではないだろうか。
リョータのために、とどこかでそんな思いがあったからこそ、その本人のリョータに反発され、あそこまで意固地になってしまったのではないか。
きっとそのあとの後悔も、リョータとうまく関われない自分への自己嫌悪もきっとずっと抱えて生きてるのだろう。
それが最後のシーンで少し報われて、本当に良かったね。
背、伸びたんじゃない?とセリフはカオルもあのときソータの面影を重ねずにリョータと向き合えたという証だったのではないだろうか。
あの試合を通して、リョータもカオルも、心の整理が少しついたような、そんな気がするしそうであってほしい。
宮城アンナについて
本当に良い子…正直あまり良い家庭環境、経済状況ではないと思うけど
素直な優しい子で、その姿でまた泣いてしまう。
リョータに対しても心配しながらも兄として慕っていて
リョータがアンナにどのように接しているのかも垣間見れる海のシーンがとても好き。
宮城家についての感想でした。
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