新興宗教をやめて居場所が無かった11歳の自分を救ってくれたもの


居場所はなかったけど独りになりたかった

11歳の時、小学校6年生の私は掃除の時間が何より好きだった。ちょっと変わった方針の公立校で、掃除場所は自己申告で決めていいことになっていたので、私は迷わず廊下を選んだ。雨が降れば水浸し、雪が降れば極寒の、誰も選ばない穴場だったからだ。

一応説明すると廃校寸前だったワケではなく、当時は校内暴力が吹き荒れていた時期で、「卒業時に窓ガラスを割るのが通過儀礼」という世相を反映して、破損防止のため最初から窓ガラスを設置しない最先端の校舎だった。教室にガラス窓は有るが、その外側の廊下にはガラス窓が無く、代わりに1m位の高さのコンクリート壁だけに囲われている状態である。コンクリ壁の上部は何の遮蔽もないので、風は吹きこむし直射日光は防げない、落ち葉は溜まるし雪は積もる。

そんな誰もが嫌がるような場所をすすんで掃除する殊勝なコドモだった訳では当然なく、実は掃除は死ぬほどニガテな人間だった。それでも、毎日ほんの数十分だけでも居場所のない教室を抜け出してひとりになりたかったのだ。

6年生になってから転校してきたのは、新興宗教に入信しようとした私を両親が止めるためだった。


新興宗教から離脱させるための転校


物心ついてからずっといじめられたり、いじめから逃れるために誰かをいじめたりするのに疲れ果てていた小学校5年生の時、ブレない芯を持った同級生に憧れて親友になった。その子はキリスト教系の新興宗教を信仰していて、学校でもそれを貫き、給食前の祈り等を欠かさない熱心な信者だった。教師もクラスメートもドン引いていたが、その芯の強さが欲しかった私は聖書勉強会にのめり込んでいき、遂には洗礼する直前までいった。のだが、寸でのところで気づいた両親に阻止された。引っ越すことで物理的に引き離されたのだ。

転校先で私は信仰を貫けず、結局は宗教というハリボテで自分の芯を持ったつもりになっていたことを思い知らされ、ザセツ感の只中にいた。
いじめられることはなかったので不幸ではなかったけれど、まだ漫画を描くことに出会っておらず気晴らしも存在意義も見いだせない状態で、取り立てて幸せを実感できることもなく、宗教遍歴など話せる筈もなく、誰とも心から打ち解けることは難しかった。休み時間や給食という、誰かと喋ったり一緒に行動して過ごさねばならない時間は、楽しみではなかった。

でも掃除時間だけは違った。



生き延びるために必要だったもの


掃除時間の間、決まって「くるみ割り人形」の「花のワルツ」が繰り返し流れた。(さわりを流したら多くの人が聴いたことがあるはずの、チャイコフスキーの有名なアレである)

▼チャイコフスキー「くるみ割り人形」より ”花のワルツ” 吉田裕史指揮 ボローニャ歌劇場フィルハーモニー Waltz of the Flowers


柔らかくひそやかに管楽器が響く出だしから華やかで重層的なオーケストラ全開のクライマックスまで、ずっと鼻歌交じりで夢中でのびのびと箒を振るっていた。この曲を聴きながらなら、たった一人でも何の孤独も感じずに済んだ。40年近く経った今でも耳にすると思わず箒を手に取りたくなるくらい、その瞬間の私は幸福だったのだと今にして思う。

ある土砂降りの日、担任が様子を見に廊下までやって来たことがあった。ボーイッシュな女性教師は私に訊いた。
「大丈夫なのかキミは?」
「? 何がですか??」
私が寂しく打ち萎れているわけではない事を確かめて安心したのか、その後どんな天候でも単独行動を咎められることがなかったのは有難たかった。

居場所はなかったけれど、毎日ひとりになって放置しておいてもらえる時間と、毎日変わらぬ恍惚をくれる音楽があったからあの1年を過ごせた。曲だけに身を委ねて無心になりながら、少しずつリハビリをしていたのだろう。

たったそれだけ?と思われる方も多いかもしれない。
一曲だけで救われるほどそんなに単純なものなの??と。

でも事実、そういうパターンもあるのだ。
私の場合はたまたま音楽だったが、活字や漫画や映画や詩、散歩でも植物を育てることでも、なんでもいい。
私がたった一曲に救われたように、その時にそれなしには越えられなかったという伴走者や友になるものって、きっと誰でも人生の間には幾つかあるのだと思う。誰にも肯定されなくてもいい、否定されないですむというただ一点において。

そして、その時は何も産まない無意味で無為な時間に思えても、あとから見れば必要だった時期って、やっぱりあるのだ。そのひとそれぞれのタイミングで。


ちなみに私自身はその後の中高時代6年間もやっぱり教室の中に居場所はなかったのだけれど、オタク部屋という逃避空間と時間を得ることが出来たので、なんとか生き延びることが出来たのだった。
これについては後日また。




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