SMTM9とは何だったのか【前編 //「Control」大乱】
ヒップホップサバイバル番組「Show Me The Money(以下、SMTM)」は、韓国ヒップホップを語る上で外せない存在です。SMTMに出場しているラッパーやプロデューサー、番組構成、そしてその内容に関しては、YOSHIさんが分かりやすく説明してくださっているので、こちらをご覧ください。
さて、昨年(2020)シーズン9を迎えた本番組ですが、今回はこれまでのシーズンとは一味違った面白さがありました。まずは、シーズン8での不評を踏まえて、かなりセッティングや出演者陣を豪華にしてきた点。決勝戦のステージなんて、「お前もか」とツッコんでしまいたくなるほど多くのアーティストが客演で参加し、一瞬大会だということを忘れるほどライブ感が強かったですね。また例に漏れず、『VVS』や『Achoo』など多くの名曲も残しました。ただ今回特に面白かったのは、本シーズンが、韓国ヒップホップ史における一時代の終焉と新時代への突入を示唆している点です。ここでいう「一時代」とは具体的に2010年代の戦乱の時代を指すのですが、それを決定づけた印象の強い二つのイベント、そして、SMTM9がどのようにしてその時代に幕を降したのかについて説明したいと思います。二つとも同じ記事で紹介するには長すぎるので、前編と後編に分けさせてもらいます。
まずは前編、「Control」大乱です。
「Control」大乱
ヒップホップの歴史において「ビーフ」は付き物ですよね。ビーフとは、あるアーティストが別のアーティストをディスりそれに応戦するという、ビート上で言葉巧みに喧嘩をする行為のことですね。
韓国ヒップホップ史上、最も注目を浴びた大荒れビーフに「Control」大乱が挙げられます。「大乱」とされているのは、それに関わった(または関わることになってしまった)アーティスト数の多さゆえです。「Control」大乱の内容に関しては、多くの紹介動画(韓国語)や解説記事があがっていますので今回は細かいところまでは触れず、概要までに留めておきます。
2013年8月、アメリカのアーティストBig Seanがリリースした『Control』という曲で、Kendrick Lamarが今のヒップホップシーンに対して"What is competition?"という命題を吹きかけました。「俺が王様だ、張り合えるか」と、実際に多くのアーティストの名を出して"I'm tryna murder you"と威嚇しているわけですが、それがどういうわけか韓国のヒップホップシーンに多大な影響を与えることになります。
まず同月、Swingsがその『Control』ビートをそのまま使用して『King Swings』という曲をリリースしました。ここでは要するに「ラッパーは媚びずにラップゲームで戦えよ。でも俺が一番上手いけどな。」と6分ほど使って、これまた数々のアーティストやクルーの名を指してシーン批判+豪語をしています。これに対しTakeOneが『Recontrol』で、同様にシーンを批判しながらもSwingsはそのうちの一人だと訴え、またUglyduckも『ctrl+alt+del*2』で応戦。これはSwings個人に対する単純なディスでした。
Swingsのリリース翌日、E SENSも同じビートで『You Can't Control Me』をリリースしました。これはSwingsに対するアンサーではなく、驚いたことに、元所属レーベルのAmoeba Cultureとその運営者であるGaekoを偽善者、卑怯者と呼びながら真っ向から批難したディス曲でした。これに対しGaekoも『I can Control You』で激しく応え、E SENSのだらしなさや大麻喫煙の過去に言及しながらディス返し。それに対してE SENS側から『true story』が返されます。ここのあたりは、E SENSの心境もレーベル経営者の責任を全うしなくてはならないGaekoの心境も察することができて、心がキリキリと痛みます。
このE SENS vs. Gaekoとは別の軸で、Swingsが『황정민 (King Swings Part 2)』でSimon Dominicに言及して「F*ck 정기석(Simon Dominicの本名)」と強くディスり始めます。かつてE SENSとSimon DominicはSupreme Team(Amoeba Culture所属)というコンビで活動していました。TV露出も多く、兄弟のように仲が良かったことで知られていたのですが、E SENSがAmoeba Cultureを辞めることになった背景を知っていたのにも関わらず、相方であるSimon Dominicはレーベルに残ってテレビで笑顔を振りまき良い奴のふりをしているとディスったのです。これにはさすがに痺れを切らしたSimon Dominicも『Control』で「お前が何を知っとんねん」と応戦。E SENSの苦しみを知っていながらも、仕事のためにテレビで笑顔を作らなければならなかった苦しみは、当事者でなければ知る由もありません。ラストで、Swingsに対し「ビーフが盛り上がってて気分いいだろ?調子に乗んな」と釘を刺すラインは本当に痺れます。そして最後は、Swingsの『신세계』をもってディス戦に幕が閉ざされました。
この際、口火を切ったSwingsに対しておよそ100〜300人からディスが返されたと言います。上記Supreme Teamが2009年にMnet Asian Music Award(MAMA)で新人賞を受賞したり、2012年からSMTMが配信され始めたりと、徐々にヒップホップが大衆に受け入れられ始める中で、アングラであることを誇りに活躍していたラッパー達はどこかでモヤモヤを感じていたはずです。しかし、それを公言するのはどこかはばかられていたようで、そこで「アングラ精神を忘れて"いい子ぶっている"ラッパーに物申す」奴が出てきたわけですから、Swingsが色んな意味で注目の的となったのは必然だったのかもしれません。
SMTM9で何が起きたか
「Control」大乱で、特にSwings、E SENS、Gaeko、Uglyduck、Simon Dominicは互いのプライベートに踏み込むほど生々しいディス戦を繰り広げました。ここまで来ると、この先、彼らが同じステージでマイクを握ることは果たしてあるのだろうか(いやないだろう)と悲しい気持ちにさせられるものです。
しかし、そこでその空気を変えたのがSMTM9です。
まずは、SwingsとSkyminhyukとのディスバトルステージで、Swingsがまさかの『Control』のビートを使ってきました。これにはGaekoもこの顔です(相方のChoizaは笑顔で肩に手を置くことしかできない笑)。
Swingsがこのビートの上で誰かをディスる姿を見ただけで、例えこれがエンターテインメントだと頭では分かっていても、鳥肌を禁じ得ません。Gaekoの頭の中では7年前の苦すぎる記憶が渦巻いたことでしょう。やはり「Control」大乱が残した爪痕は、依然深々と残っているのだなあと感じました。逆に、一人で大盛り上がりしているMUSHVENOMと、その横で神妙な表情のJUSTHIS(Swingsと同レーベル所属)との温度差を見るのはシンプルに面白かったです。笑
そしてもう一つは準決勝のステージで、Swingsが『악역』という曲を披露したことです。「악역」は「悪役」という意味ですが、Swingsの「トラブルメイカー」としての自負、また性格がら多くの批判を受け続ける正直な気持ちを吐露するような内容になっています。そこでフィーチャリングで呼んだのが、まさかのSimon Dominic。「Control」大乱の中心でディスをし合った二人が同じステージに立つということ自体考えられないことで、Paloaltoも「歴史の1ページ」と称し、この巡り合わせにBewhyも感動していましたね。
ただ面白いのが、Simon Dominicはリリックの中で「これはお金になるからやってるのであって、昔のよしみでやってると言ったら嘘になる」と言っているんですよね。だからこのステージは完全和解を表しているのではなくて、フックを歌うLee Hiの言葉を借りれば「It's time for show」、つまりかつての争いを「ショー」として昇華してしまおうというわけなんです。実は、SwingsとSimon Dominicは、昔Illest Konfusionというクルーメイトで、「昔のよしみ」というのはそういった意味も汲んでいるのでしょう。
SMTMは、ヒップホップカルチャーと大衆とを繋ぐプラットフォームであると僕は解釈しています。その性質から、SMTMを通して大衆と接続し有名になりたいと願うラッパーが増えたことに対して、「アングラ精神を忘れるな、争え」とSwingsが叫び始め「Control」大乱は生まれました。そう考えると、大乱を引き起こした張本人、そしてその渦中にいた人物が、SMTMという場で「見せ物」としてそれを昇華してしまったというのは、めちゃくちゃ矛盾しているとも捉えられますが、一方でそれだけヒップホップが大衆文化に馴染んでいるという、まさに「歴史の1ページ」を表していると言うこともできます。側から見ていても、Killing Verseや、その他HIPHOPLE、HIPHOPPLAYAの番組に取り上げられなければ認知度を獲得できそうにないし、ラッパーの仕事って増えなさそうですよね。やはり韓国ヒップホップの歴史は大きな転換点にあるのかもしれません。
ただこれだけでは、本記事の冒頭で述べたように、SMTM9が「一時代の終焉と新時代への突入」を示唆していると言うには弱すぎるので、後編ではついにJUSTHISに焦点を当てて説明してみようと思います。
それでは一区切りとして、Swingsの『악역 (Villain)(Feat. Lee Hi, Simon Dominic)』のステージをもう一度観てみましょう。
Love, Skaai
2021.06.07
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