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【カニ記】昔、パン屋だった建物

幼少期に住んでいた地区にまた戻ってきて暮らしている。記憶に残る景色を、ウン十年前ぶりにアップデートしながら過ごしている。
公園の遊具はささくれだった木製のものから、カラフルな樹脂製のものになった。昔ながらの学生向けのオンボロ安アパートは取り壊され、かわりに幼稚園が建った。祖父とよく行ったお好み焼き屋さんは、建物は残っているものの、だいぶ以前に廃業した。

そんな地元で、昔と変わらず今も立っている3階建てのメルヘンなおうち。白い外壁とアクセントのレンガがおしゃれだ。同じくレンガ造りの煙突も素敵。玄関近くの花壇には、派手すぎずカラフルすぎない花が植えられている。
私の記憶では、そこは昔パン屋だったような気がする。

住宅街ではあるけど、パン屋激戦区でもある我が地元。ここにベーカリーがあっても不思議ではない。
今は小さな窓しかない一階も、道に面した大きなショーウィンドウがあったように思う。
幼い頃、母に連れられて店内に入り、大きな平台に乗ったパンを物色したような覚えがある。
記憶では、カウンターの向こうには大きな銀色の業務用オーブンがあって、煙突からは焼きたてのパンの香りがもくもくとたっていた。

だだし今、その建物は可愛らしくはあるけれど普通の住宅でしかない。外見からは、店舗だったという面影は少しもない。自分の中でだけ、この建物はもとパン屋だということになっているが、その記憶も曖昧だ。

しかし、尋ねる相手もいない。よくこの辺りを一緒に散歩した祖父も母も亡くなって久しい。
かと言って、住んでいる人にいきなり、「すみません。ここって昔はパン屋でしたか?」と尋ねることもできない。

はたして自分の記憶違いなのか。
謎が残る。

いつか確かめたい気持ちはあるが、今も私の中では一歩足を踏み入れるとそこはパン屋で、大きいオーブンが鎮座していることになっている。

そういうことにしておこう。
確かめるすべのない、薄れかけた記憶の中では、私と母と祖父が焼きたてのパンを買いに出かけているのだ。

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