刀ミュの異次元の存在感がおれの目の曇りを晴らした

刀ミュすなわちミュージカル『刀剣乱舞』……それはゲーム刀剣乱舞を原作とするミュージカルで、聞こえてくる評判はよいものばかりだったが、おれは公開当時すでにゲームからは離れ始めていたこともあって、今まで詳しく知る機会を持たずに過ごしていた。

だがこの前のG.W.に無料配信された公演を気まぐれに見てみたところ、その圧倒的なQUALITYに強い衝撃を受けたので、いてもたってもいられなくなってこの文章を書いている。

見始めてしばらくの間は「思ったよりはよくできているじゃないか……」と余裕ぶっていられたのだが、和泉守兼定が俳句を詠み始めたあたりから感じる印象が変わってきた。自信に満ち溢れた目、表情、声、そして何のひねりもない俳句……そこには兼さんがいた。おれには上手く表せる言葉がないのがもどかしいが、誰かが兼さんを演じているのではなく、兼さん自身がそこに存在していると感じられる瞬間があったのだ。

TVでやっているバラエティー番組やトーク番組ではたまに俳優や声優がゲストとして呼ばれてチャラけた空気の中で名セリフを言わされるシーンがあるが、おれはそういうのを見かけるたびに「スカム野郎どもが……!」と吐き捨てて壁にこぶしをたたきつけてきた。刀ミュを見る際にもそういうサムさを感じる瞬間が一瞬でもあるのではないかと一抹の不安を感じていたが、それは全くの杞憂であるどころか、キャストはじめ全制作スタッフに対する侮辱だった。心からお詫び申し上げる。

刀ミュにおいては原作の名セリフや名シーンは前後の文脈を無視して切り取るものでは決してなく、原作の魅力を残すところなく現実世界に引きずり出しすための手がかりだった。そうしてステージの上に現れた刀剣男子には圧倒的な存在感と説得力があり、おれは一時期は原作ゲームをそうとうやっていたつもりだが、一切の違和感がないどころか刀ミュを見るまでは気づいていなかった刀剣男子の魅力までも思い知らされたのだった。

ここからは特に印象に残った刀剣男子について書いていく。

蜻蛉切。なんといっても初見のインパクトがつよい。たくましい胸板、太い腕、丸太のような太もも、体全体の圧倒的な厚み……のみならず、発せられる美しい歌声。とにかくインパクトが強い。これが現実世界の存在ということが信じがたい。

蜂須賀虎徹。正直に言うと、初期刀には選ばずに入手も遅かったせいでなんか気取ってスカしたやつだなという漠然とした記憶しかなかったのだが、刀ミュを見てからはがらりと印象が変わった。長曾根や浦島とのやり取りはまさに蜂須賀というものだが、おれが思うに刀ミュの蜂須賀の真価はそこではない。刀ミュの蜂須賀は歩き方や手の振り方をはじめとして所作のすべてがとにかく優雅で美しい。貴顕とはこういうものだというのを細胞の一つ一つで表しているように感じる。刀ミュを見始めてすぐは黄金の通常衣装をゴールドクロスのようだと揶揄していたが、回を重ねるごとに違和感はなくなり、ついにはこれこそ虎徹の真作にふさわしい姿だと感じるようになった。おれははじめ、予算が増えて衣装がブラッシュアップされていったのだろうななどと考えていたが、あとで確認したところおれが感じていたほどの差はなかった。変わったのは衣装ではなくおれの目だったというわけだ。

鶴丸国永。原作通りの線の細い繊細そうな姿と力強い声が印象的だ。鼻眼鏡はあたりまえのネタキャラという印象を持ってしまっていたが、刀ミュではそこまでふざけたことはしない。力の抜けた親しみやすい、それでいて頼りになる年長者という鶴丸の本質を再確認させられた。おそらくは二次創作の過剰摂取により、おれのほうこそ気づかないうちに鼻眼鏡をかけていたようだ。

石切丸。こいつはちょっと特別だ。今あらためて考えても原作では決してやらないであろうことを平気でやる。まず機敏な動きで激しいダンスを踊りきるのがどう考えてもおかしい。加えてウィンクしたり手袋を咥えたりとやりたい放題だ。だがそれを見て「石切丸はそんなことしない!」ではなく「石切丸さん……へぇ~~~……そんなことも……しちゃうんだ?ふ~~ん……ウフフ……なるほどなぁ~~……」と感じてしまうのが不思議でならない。不思議だが、こういうギャップも間違いなく刀ミュの魅力の一つだ。

そうして気づけば、おれは無料放送をすべて見ただけでは終わらず、直後の真剣乱舞祭の初回5/8 13:00~をオンライン配信で鑑賞していた。まだ始まったばかりなので詳細な内容への言及は避けるが、縁あって参加させてもらったオンライン鑑賞会で沼の底から鶴丸にかけられるエモいエモいという声が印象に残った。おれにはなぜエモいのかは理解できなかったが、まだ見ていない過去の公演を見れば分かるらしい。なんでもおれが見てきたのはライブに重点を置いたお祭り的な公演がほとんどで、それ以外にもしっかりとしたストーリーのあるミュージカルを含む公演もあるということだ。ゲームをやっていたころに感じていた「キャラはいいんだからもうちょっとしっかりしたストーリーをつけてほしいなぁ……」という思いに応えてくれるのかもしれないという期待が膨らみ始めている。