武勇伝がここに!鶯谷にて、ある団体会長にブチギレられ事務所に行った話 【一流外資系企業転職への道のり】
現在42歳、海沿いの街に在住。
学歴なくても一流外資系企業に転職したジョンです。
今日もアクセスありがとう。
フジテレビでの音響効果の仕事をやめた私。
フジテレビでの仕事はこちら。
時は2000年。
22歳。
フラフラとして職も転々としていた。
職といっても正社員ではなくバイトだが。
鶯谷のマンションで娼婦とも顔見知り
バイトを転々として当時の私は東京の上野にいた。
住処は鶯谷である。
うぐいすだに、と読む。
友人達とマンションを借りて住んでいた。
鶯谷といえば有名なホテル街である。
ラブホテルが何十軒も連なっている。
駅前はあの吉原ソープの送迎場所にもなっている。
とってもディープな街なのである。
そのホテル街の奥にマンションはあった。
もともとは上野から1駅で近いから鶯谷のマンションにしたのだが、バイトの仲間と住むので別にホテル街だろうがなんだろうが気にならなかった。
そんなディープな街には娼婦がたくさん立っていた。
立ちんぼという人達だ。
中国、韓国、フィリピン、タイ、日本人も稀にいた。
鶯谷に住み始めた当初はマンションまでの帰路で娼婦の皆さんから熱烈に声をかけられた。
『オニーサン、アソボーヨ!オッ○イ、キモチーヨ!』
しかし、別に遊ぶつもりもないし、この先にマンションがあるからこの道通るだけだし。
毎日通ると娼婦達も商売にならない奴とわかるようで、
娼婦A『コンバンハ、ゲンキ?キョウサムイネ。カゼヒクナヨー!』
私『うん、サンキュー。お姉さんもね!バイバイ!』
なんて会話になってくる。
たまに
『ヤスクシテアゲルヨー!』
とか言われたりした。
もちろん
『間に合ってるよ〜。』
とかわす。
住みはじめてしばらくするとディープな街にも馴染んでいくものだなと感じたのである。
住めば都とは良く言ったものだ。
だが自分達の住んでるマンションが普通とは違うことがわかる出来事が起こるのである。
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