あしたのわたしは【短編連載小説】#3
#2 前回のあらすじ
旦那が出張から帰ってくるまでの間モヤモヤを残して過ごしていたが、
美琴の姿を見て壊れそうになるのを耐える日々。
しばらくして帰ってきた旦那を見て複雑な心境を我慢していたが、
2人きりとなったリビングで意を決して問いただす。
淡い期待を抱いて聞いた質問に対して旦那は
私の期待を見事に裏切る返答だった。
あしたのわたしは#3
私は一体どんな表情をしていたのだろう。
今でも思い出せない、思い出したくない感情を覚えたのは確かなのに。
文字通り平衡感覚を失ったように視界が歪み、
今にも崩れ落ちそうな身体を捨てきれない希望を頼りに、
勢いよくその場で立ち上がった。
「ごめんって何に対して?何で謝るの?」
否定して欲しかったのに。
そんなことはない、勘違いだと強く言って欲しかったのに。
目の前にいる私の旦那は弱々しく、か細い声で答える。
「・・・本当にごめん。」
「何が?質問に答えてよ!詳しく説明して!」
自分でも驚くくらい大きな声で呼びかけていた。
小さく縮みこむ旦那は、見たこともない表情で私を見た。
今までこんな大声を出す私を見るのは初めてだったからだろう。
酷く驚いているのを見て私も少しだけ我に帰った。
「あいつは中学校の時の同級生で、たまたまSNSで連絡が来たんだ。
何度かやりとりしているうちに懐かしさから会う約束になって、
その後何度か会うようになった。」
私の中の微かな希望すらもこの人は簡単に奪う。
あぁ現実に起きている。
この人は不倫をしていたのか。
私が子供と過ごしていた時、この人は別の好きな女と・・・。
そんなドロドロとした思考に侵食されていく頭の中を
第三者的な私が黙って見ていた。
「・・・何で。いつから。」
溢れ出すように流れる涙。
頬を伝って顎先から床まで落ちるその涙に様々な感情があるというのも、
俯く旦那には伝わらない。
この人は私たちをもう見ていない。
そう心の中の私が呟いた。
「半年ほど前から・・・。本当にごめん。」
旦那が答える。
そしてこう続けた。
「もう会わない。2度と裏切るような真似はしないから。」
・・・この人は何を言っているんだろう。
裏切った事実を自分の中だけで消化しようとでもしているんだろうか。
どこまでも自分勝手な考え方だな。
その頃には旦那を哀れむくらいまでの気持ちを持てていた私は、
旦那の顔にモザイクがかかり、他人を見ているような感覚になっていた。
そうか、もう終わらせないと。
これ以上は私が私じゃなくなる。
「そっか、分かった。今日はもう話せないし、話したくもない。
整理がつくまで実家に帰るから。」
そう言い残して最低限の荷物をまとめ始めた。
「待ってくれ、俺が悪かった。だから話を聞いてくれ。」
「もう聞いたよ。私が知りたかったことは、私たちを裏切っていたのか。
ただそれだけ。謝罪は時間あけて、気が向いたら聞くから。
それまでは連絡もしてこないで。」
淡い希望を抱いていた。
心の奥底で旦那を信じていた自分を哀れんだ。
淡々と話すのは、そんな感情を持っていた私を知られたくなかったから。
気丈に振る舞うのは、自分を保つため。
そう言い聞かせながら、寝ていた娘を抱えた。
幸い娘は起きなかった。
「またこちらから連絡します。さようなら。」
そう言い残し、玄関を開けて外に出た。
出ていく私たちを旦那はどんな表情をして見ていたかなんて、
正直どうでもいい。
今は抱えている我が子を守らなくては。
ただその一心で、少し冷える夜空の下を歩いた。
冷たい夜風が孤独感を煽る。
重い足取りで実家に着いたのは深夜。
インターホンを鳴らし応答を待っていると娘が起きた。
「何でばあばのおうちに来たの?」
「ごめんね、起こしちゃったね。」
『はい?』
母の声だ。
「・・・遅くにごめん。」
『・・・ちょっと待ちなさい、すぐ開けるから。』
そういうと家の中からバタバタと聞こえてきて、途端に玄関が開いた。
「どうしたのあんたそんなボロボロの顔して。」
「ごめんね。今晩泊まってもいいかな?」
「・・・とりあえず中入りなさい。」
「うん、ありがと。」
そこから母からの取り調べが行われたのは
美琴を寝かしつけてから間も無くだった。
一連の騒動を話した私が明け方まで泣いていたのを
母は眠そうな顔一つせず、側で慰めてくれた。
「あしたのわたしは #3」
つづく…
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「あしたのわたしは」毎週金曜日 更新予定