デジモンと西洋ファンコミュニティの奇妙な住人たち
デジフェスなるイベントが無事終わったようである。脚本家である小中氏のもとには労をねぎらう声が国内外から寄せられた。たくさんの声の中で1つ引っかかるツイートを見つけた。
怒った西洋のファンは気にしないでと言っている。
はて、なんのことだろうか。
上記のように、拙いながらも日本語でメッセージを送るファンも見られた。しかし、いったいどうしてデジモンのイベントが人々を怒らせるというのだろう。この時点では私は何が起きているかわからなかった。
拡散する情報
ツイートを漁っているとデジフェスにて行われたと思われるオーディオドラマのとある一場面がさかんにTwitter上で引用されていることがわかった。画像は引用しないが、舞台上に一列に並んだ声優さんの頭上には
Political correctness is activating cancel culture
と字幕がついている。どうやらポリコレという集団(キャラ or システム?)がキャンセルカルチャーなる技を使うシーンがあるらしい。私が最初に抱いた感想は、ずいぶんとストレートに意見を作品にぶちこむのだなあというものだった。悪く言ってしまうとチープな表現である。もちろんドラマ全体を見なければ評価できないことだし、作品の巧拙を論じることが本筋ではないから、今の時点で判断することは控えたい。しかし、これだけは言える。その作品がヘイトや人権を侵害するようなことがない限り、作品は巧拙で評価されるべきであって、クリエイターの政治信条で判断されるものではないということだ。
では海外のファンは巧拙で判断しているのか?それゆえに英語圏で論争が巻き起こったのか?
答えはノーだ。
件の画像が拡散し始めたころ、すぐにクリエイターとくに脚本家への攻撃が始まった。
彼をキャンセルしよう
彼は陰謀論者だ
等々。
引用したくもない低レベルな批判が溢れかえっていた。もちろんだが、日本語に熟達し、オンラインチケットを購入した人でなければオーディオドラマを鑑賞できるはずがない。つまり今の時点で判断を下せるはずのない西洋ファンがなぜか脚本家に対して怒りや失望を表明しているのである。なんとも不可思議な光景である。ヒロアカの「峰田=バイ」説の件といい、不思議な盛り上がりをしては日本のファンコミュニティを困惑させているWestern fandomだが、今回はそれに匹敵する事態と思われた。
西洋の最も奇妙なファン:The Wild Bunch Fansubs
ポリコレがそのままポリコレとして登場するだけであれば、少し界隈がざわつく程度であったと思う。そもそも日本語圏ではざわいてすらいない。そもそも、この手の話題で盛り上がるのは西洋のファンコミュニティなのだ。今回の騒ぎを印象付け、かつ、さらにややこしくしたツイートが以下である。
いわゆるファン字幕をやっている人のアカウントで、身も蓋もない言い方をすると盗人である。上記は彼がデジモンテイマーズの動画(もちろん違法である)を公開したことを知らせるツイート。当然だが筆者自身はそういった作品の盗人行為を推奨しているわけではないのでご理解いただきたい。問題になっているのは公開動画に追加された文言である。
改めて引用しよう。
This program prometes far-right politcs and conspiracy theories. The views and opinions expressed herein do not reflect those of DATS and The Wild Bunch.
私なりに訳すと以下のような文章になる。
この番組は極右政治や陰謀論を奨励しています。ここで表明されている見解や意見はDATSとThe Wild Bunchの意見を反映したものではありません。
おわかりいただけただろうか。
つまりこの The Wild Bunch Fansubs なるアカウントもとい集団は、ポリコレやキャンセルカルチャーを批判した人物を極右・陰謀論者と決めつけて、愚かにも公開した動画に上述のような警告文を付与したのである。なぜこんなおぞましいことが起きているのか私にはまったく理解できない。
まず第一にポリコレやキャンセルカルチャーへの批判は右系の人だけでなく、左翼・リベラル系の人からもなされているのが現状である。スティーブンキングやスティーブンピンカーのような才人たちがネットの愚か者にキャンセルされそうになったのは記憶に新しい。そしてその際に声を上げてくれたのはド左翼のノームチョムスキーである。ポリコレやキャンセルカルチャーに対しては、全力でコミットするよりもむしろ適切にブレーキをかけることができるバランス感覚こそが、知性ある人にとっての要件といってもいいくらいである。以上の論点から、ポリコレ批判をするものは極右・陰謀論者とする決めつけはまったく無意味な議論だといえる。
加えて、The Wild Bunch Fansubsはデジモンに対してまったく何の権利も有していない。ただの盗人が他人を極右だの陰謀論者だのと決めつけ、作品にまったく不必要な警告文を付けてみせる。なんというおせっかいなのだろう。盗人猛々しいとはこのことだ。
The Wild Bunch Fansubsは何がしたかったのか
以下は彼らのサイトからの引用である。
There were numerous reasons under which we decided to make this hardsubbed and watermarked. The content warning at the beginning of the video was put in after long deliberation as well (personally, while I was looking forward to subbing the skit on the days before DigiFes, I became hesitant once I saw what the content was about).
デジフェスの前は字幕をつけるのを楽しみにしていたが、例のことがあったから、熟議の結果としてあの字幕を付けるに至ったと言っている。私としてはその熟議の内容が知りたいところである。なぜなら、彼らの思考過程が明らかにされないと、The Wild Bunch Fansubsは単に手前勝手な正義感で他人を批判した集団ということになるからだ。彼らがこの問題を真剣に考えているのであれば、自己満足的な警告文などつけず、まっすぐ脚本家批判のブログでも書けばよかったと思う。こういう理由で脚本家は極右の陰謀論者だからダメですと批判すればよかったのだ。もちろん彼らはそんなことはしなかった。
立つ鳥跡を濁す
彼らは最後にこんな不思議なツイートを残していった。
この件で公式スタッフにアプローチするのは推奨しない。争いを引き起こしたくはない。とまあそんな旨のことを言っている。銃の引き金を引いたあとに言われましても、なのだ。これでは右手で万引きしながら左手で万引きはいけないというプラカードを掲げているようなものだ。西洋の最も奇妙で、最も情熱的で、最も支離滅裂な集団。それがThe Wild Bunch Fansubsであった。
今回は特定のファンだけを取り上げたが、The Wild Bunch Fansubsに同調するような意見や脚本家を擁護する意見も多く見られた。繰り返すが内容を見ないことには判断できないことであるから、とりあえずみんな落ち着けと言いたい。
さて、以上のような反響をうけて脚本家の小中氏は、この件に関する自らの考え方を海外ファンに向けて発信することを決めたそうだ。
海外向けということは英語で何か発信するのだろうか。それがどのような形であれ、日本の脚本家が英語圏の怒れるMobに向き合い、リアルタイムで交流を行っているというのは重要な事実だ。政治や社会運動その他習慣など、西洋(といっても広いが)と日本の違いは大きく、摩擦は避けえない。そしてグローバル商品の担い手たるアニメスタッフはその摩擦の最前線にいる。ジャーナリストや学者ではない。クリエイターこそがその摩擦の最前線にいるというのが私の考えである。小中氏個人にいろんなものを託すのは恐縮だが、ここでただ謝罪をしてしまうと悪い前提ができてしまうことになるので、そうなってほしくないという気持ちはある。私にできることといったら、小中氏やスタッフが関わる作品を買ったりして応援するくらいなのだが。