宇崎ちゃんと相変わらずなSJW
久しぶりにTwitterをのぞいたらまた嫌なものを見てしまった。
宇崎ちゃんといえば赤十字の広告ポスター炎上事件が記憶に新しいです。炎上といっても一部のツイフェミが炎上させただけであり、宇崎ちゃんにも赤十字にも特に非はないのですが。この事件が深刻だったのはツイフェミの摩訶不思議な理屈を支持する人々の中に大学教員なども混じっていたことです。大学教員というのはつくづく世間ズレした人たちだと思いましたが、大学ではそれが武器になったりするので何とも言えない気持ちになったのを覚えています。
事件の始まり
さて、今回の騒動は海外のイラストレーターさんが宇崎ちゃんのファンアートを描いたことに始まります。ファンアートを描いただけであれば何の問題もありませんが「gross anime design」「her fit was boring」など攻撃的な言葉がイラストに添えられていたために批判が集まりました。こういった批判の背景にあるのは「キャラクターには適切な体型がある」という理解不能な信念です。この信念自体は日本のツイフェミにも共通してみられる特徴です。キャラクターが年齢相応で、平均的な胸のサイズで、平均的な身長で、解剖学の教科書に出てくるような"正常"な体型でないと気が済まないらしいのです。これはある種の奇形差別の問題を抱えているだけでなく、日本のキャラクター文化自体への無知という問題も絡んでいるだけに厄介です。
キャラクターはそもそも正確でも適切でもない
人類がSNSで繋がりすぎてから幾星霜。世界中のみんながつながり、そして相互に文脈を無視しあって、罵り合う。そんな夢の空間がありました。名をTwitterといいます。
冗談はわきにおいて、キャラクターの話にもどりましょう。アニメ・漫画のキャラクターがツイフェミやSJWによって不当な批判にさらされる機会が増えてきています。この背景にはTwitterやクランチロールの存在が大きく関わっています。これらのプラットフォームは日本のファン・イラストレーターと海外のSJWという、本来出会ってはいけなかった人々をつなげてしまったのです。SJWやツイフェミはキャラクターの描かれ方がaccurateでないと批判します。しかし、日本のキャラクター文化に慣れ親しんでいる方ならご存じのとおり、キャラクターはそもそもaccurateに描写されるものではありません。髪がピンク、目はこぶし大、背は3頭身、肌は真っ白、そんなキャラがいても別に不思議ではありません。足が異様に長い男性(CLAMP作品)がいても不思議はありません。それが日本のキャラクター文化が築いてきた空間なのです。その文化が好きであろうとなかろうと空気のように社会に染みわたっているのが日本のキャラクター文化というものです。宇崎ちゃんを"正しく"書きなおしたイラストレーターが批判されたのはこの文化に対する無知とリスペクトの欠如のためであるということは何度でも言っておきたいと思います。
もう一つの炎上
ちなみに宇崎ちゃん騒動の裏側ではもう一つの炎上が起きていたようです。
Apex Legendsなるゲーム作品のファンアートに対して海外から苦情が寄せられたそうです。女性のキャラの肌色がオリジナルデザインより若干ホワイトになっていることがホワイトウォッシングだと批判されているというのです。リプライ欄はかなりえぐいので読むのはおすすめしません。リプライの嵐の中には「日本人はglobal issueに無知で~」みたいな説教かます外国人まで出現している始末です。ここまで文章を読んだ方にはお分かりのとおり、このイラストに寄せられる批判もまた、「日本の(キャラクター)文化への無知」に起因するものであることは言うまでもありません。
筋違いなホワイトウォッシング批判
攻殻実写版のスカヨハ起用がホワイトウォッシングだと批判されたのはずいぶん前のことですが、批判の中心地はアメリカであり、日本ではそもそも問題になりませんでした。スカヨハ起用に好意的な人がほとんどだったと思います。このことからわかるようにホワイトウォッシングは日本社会におけるissueではありません。なぜならアメリカの人種問題の歴史的コンテクストを日本社会は共有していないからです。そして当然、global issueでもありません。global issueは単にamerican issueの言い換え表現でしかありません。こういった日常の無意識に潜む西洋中心主義には断固NOというべきだと思います。この件で思い出したのはオリバー・ジア氏の以下のツイートです。
「日本のアニメに対してアメリカ社会の事情を押し付ける人」vs「そういうことを言うやつは文化帝国主義の西洋人だと批判する人」の構図です。今回の件と直接関係するわけではないのですが、構造があまりに似ているので引用しておきます。
話を整理しましょう。Apex Legendsのファンアートをホワイトウォッシングだと批判する人に欠けているのは、まず第一に、歴史的コンテクストを共有していない共同体への想像力です。このような想像力を有していない者がglobal issueなどという大層な言葉を使うのは冗談もいいところでしょう。そして第二に、日本のキャラクター文化は人種にかかわらず髪色、肌色、体型などを自由に調整して表現できるという事実です。この事実をわかっていない者が日本のキャラクター文化に触れれば二言目には「ホワイトウォッシング」「黒塗り」と言い出すことになります。そして皆が不幸になるのです。
とはいったものの
さて、散々「ホワイトウォッシング批判」批判を展開してきましたが、少し逆の意見も述べておきます。もしアメリカの作品(例えばApex Legends)へリスペクトを示すなら、アメリカの歴史的コンテクストにまで敬意を示すべきだ!というロジックはありえるでしょう。そしてそのロジックはホワイトウォッシング批判を正当化します。ただし、その場合、日本人がアメリカの歴史的コンテクストを学ぶだけでなく、アメリカ人もまた日本の文脈を学んでいく必要があります。少なくともそういった姿勢を相互に示すことが要求されるはずです。結局のところ、それが本当の相互理解だと筆者は考えているのですが、まあしかしそんな姿勢を海外のSJWに期待できるかというと。。。
結局どうすれば
少しグダってしまいましたのでまとめに入ります。日本のイラストレーターや漫画家は、海外からのフォロワーも多く、もっともダイレクトに異文化圏からのリアクションを受ける立場にあります。少し大げさに表現すると、彼らは文明の文化的衝突の最前面に立たされています。言葉の面でも数の面でも不利といえるでしょう。Cancel cultureやWOKEなど敵対しうる存在は無数にあります。そんなときに適切な対応はどんなものでしょうか。ファンは、クリエイターは、どう対応すべきでしょう。
一番良い対応は、例えば以下のツイートのような対応でしょうか。
つまり、まともに相手をしないということです。無視です。そうすることで「あなたの国ではWOKEが気に入らない文化をキャンセルできるのかもしれないけど、うちでは通じないよ」というメッセージを相手に届けるのです。それが一番いいやり方だと思います。
それでもSJWによる、日本のクリエイターや企業への嫌がらせは絶えないかもしれません。自分の所属する文化圏の論理をグローバルスタンダードと言い切る厚顔無恥に、謙虚な日本人は押し切られてしまうかもしれません。そのときに私たちにできるのは数の面で応援してあげること。そして反論・主張を行う際の道具(言葉)を整備しておくことだと思います。
自国の歴史的コンテクスト・文化的コンテクストを自明視して憚らないようなSJWに合わせてあげる必要はありません。私が啓蒙してあげるといわんばかりの勢いで、日本のイラストレーターの作品をredrawするような無知蒙昧に合わせる必要はありません。SJWがやるべきことは啓蒙ではなく、学習なのです。SJWは自己認識としてはリベラルなのでしょうが、振る舞いの面では極めてインペリアルな部分があります。個人的にはそれを「帝国しぐさ」と呼びたいところですが、ここまでくると話が少し大きくなってしまうので、いったんこの文章はここでしめたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。