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<転載>世界最古のゴルフ倶楽部はいかに出来上がったのか

世界最古のゴルフ倶楽部はスコットランド・エジンバラにある、ジ・オナラブル・カンパニー・オブ・エジンバラ・ゴルファーズです。

1744年に第1回の会合が開かれ、世界初のゴルフ競技が開催されました。

今でいうところのクラブ選手権ですが、ゴルフルールが初めて明文化されたのもこの時です。

1744年というと、日本は将軍・徳川吉宗の時代です。

増税と倹約により幕府財政は立ち直ったものの、庶民の経済活動や文化の醸成は停滞してしまった時期です。


今現在、オナラブル・カンパニーの使うゴルフ場が、ジャック・二クラウスも愛したミュアフィールドです。

これまでに16度も全英オープンが開催され、直近では2013年にフィル・ミケルソンが優勝しました。

ドライバーをバッグの中に入れず、最終日の17番は3ウッドを2回打って2オンさせたのは記憶にも新しいのではないでしょうか。


しかしオナラブル・カンパニーは、最初からミュアフィールドでゴルフをしていたわけではありません。

1744年の創設当初は、リースリンクスでゴルフをしていました。

このゴルフ場は1888年に都市開発で消滅してしまいましたが、実は市民の誰でも利用できるパブリックコースでした。

オナラブル・カンパニーというのは、リースリンクスの近くにあるバーの常連客が、食事前の時間潰しにゴルフに興じていただけという、いわば市民サークルのようなものです。

市民サークルといってもジェントルマンの集まりですから、誰にでも門戸の開かれている団体ではありません。

どうやらそれは今でも変わらないようです。


メンバーが増えてリースリンクスが手狭になると、オナラブル・カンパニーはマッセルバラリンクスに拠点を移しました。

ここも競馬場の中にあるパブリックコースです。

9ホールだけのゴルフ場としては世界一難しいとまで言われています。

幾度か全英オープンの開催コースにもなり、ゴルフ場は複数のクラブがシェアする人気コースになりました。

するとオナラブル・カンパニーといえどもスタート枠が取りづらくなり、新たに専用のコースの必要性が議論されました。

そこで当代きってのゴルファーであったトム・モリス・シニアの手により、ミュアフィールドが誕生したのです。

これでようやくオナラブル・カンパニーはプライベートコースを持つことができたのです。


今でもミュアフィールドはビジターへの敷居が高く、セントアンドリュースやプレストウィックのように簡単にプレーすることができません。

日本のゴルフ場にもプライベートコース、パブリックコースの違いはありますが、プレーをするうえでもはや厳密な境界線はありません。


そもそもゴルフコース=ゴルフ倶楽部ではないのです。

考察を含めながら振り返りたいと思います。


※TOP画像はMuirfieldのOfficial websiteよりクラブハウスの画像を拝借しました。


<2016/5/21の記事を加筆・修正したものです>

ゴルフギアに携わる仕事をしていますが、ゴルフの面白さ探しを趣味にしています。どうして多くの人がゴルフにはまっていくのでしょうか。それを研究しています。