ニューヘブンにルイス・カーンを見に行く(その①:イエール・アート・ギャラリー)
気付けば大分時間が経ってしまったのだが、先日(というか先月)、コネチカット州ニューヘブンに行ってきた。目的はそう、ルイス・カーンが設計したイエール大学の2つの美術館。ひとつは「イエール大学アートギャラリー(1953)」で、もうひとつは「イエール大学ブリティッシュ・アート・センター(1974)」である。
これらの建物はキャンパスに斜向かいで立っているのだが、上記の通り、時期的には20年も隔たりがある。一方は(ほぼ)デビュー作で、もういっぽうは(ほぼ)遺作。今まで紹介してきたカーン建築と比較すると、「アートギャラリー」は「リチャーズ研究所」に近い時期で、「ブリティッシュ・アート・センター」は「キンベル美術館」とほぼ同時期だ。
建築を見に行くとき、それが作家の何歳ごろの作品なのか?というのは個人的には結構気にするポイントである。概ねキャリアと比例しながら洗練される彼らの技量を伺い知ることができるし、試行錯誤の形跡を辿ることもできる。同一作家の異なる時期の作品を見比べるのは、とても勉強になるのだ。(ついでに言うと自分の年齢と重ねてショックを受けたりもするんですが。最近いよいよ焦りを感じるようになってきた。)
そういう意味で、20世紀最後の巨匠の「(ほぼ)デビュー作」と「(ほぼ)遺作」を同時に見れるこの場所は、建築を設計するand/or学ぶ者にとってはこの上なく贅沢な教材といえるのではないだろうか。
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まずはアートギャラリーへ。くどいかもしれないがこっちが初期作品のほうである。
「初期」といってもカーンが「作家」として認知されたのは大分歳をとってから(50歳以降)で、この作品の時点で既に相当な経験を積んでいた筈である。これを皮切りに美術館や公共施設を手掛けるようになる前のカーンは、ハウジング局でローコスト住宅なんかをやっていたらしい。
外観はレンガ。エントランスのあるメインファサードは閉じていて、中庭ともう片方のファサード(ポール・ルドルフ設計の建築学科棟に面している)はガラス張りで開いている。レンガの立面には等ピッチで水平のモールディングが走る。この装飾については、大学院時代の授業で、ある教授が「これは常人からは出てこないデザインだ」と述べていて、それが妙に心に残っている(理由については・・・よく憶えていない、、、というか詳しい説明はなかった気がする)。
ちなみに、であるが、この美術館は入場無料である。更に言うとカーン棟は増築で、アートギャラリー全体は相当な規模、大学附属の施設とはとても思えない。さすがアイビーリーグ。当然、作品の質も高い。今回は時間の関係で旧館を見るのは諦めざるを得なかった。
展示室へ。一歩踏み入ると、三角のグリッド天井が広がっている。以前の記事でも言及したが、カーンは石膏ボートや吸音板といった類の吊り天井を嫌っていたらしい。その信条がのっけから実現したのがこの空間といえるだろう。
建築・構造・設備デザインのインテグレーションとして、この天井システムはあまりにも有名だが、実物を目にするとなかなかややこしい、というか複雑すぎるくらいに見える。ちょっと時間をかけて、ジッと見てみよう。
まず、基本的な幾何学は正三角形であるが、実は構造的にはヒエラルキーがある。建物全体の軸と平行に伸びる一辺が主要な部材で、そこに60°でクロスする二辺はサブ部材。梁幅が違う。奥を覗くと、メイン梁は通しなのに対して、サブ梁は規則的に切り欠かれているのも分かる。そこにダクトや配線類が通る仕組みだ。梁自体が傾いて立体トラス的になっているので、切り欠きは3角形になっている。
このような構成なので、途中でダクトを曲げることが出来ず、必然的に設備ルートはリニアになる。どうしても避けられない部分は主梁にスリーブ開いていたけれど。とはいえ、殆どコンクリートの中に設備を埋め込んでいるような状態なので、実際問題としてダクトの更新は大変そうだ。どうしているのかと見回すと、コア周辺の天井は取り外しできるエキスパンドメタルになっていて、ここでやり繰りする様子だった。
電気設備については、割合自由な位置に新設の機器(監視カメラ・警報類など、明らかに竣工以降のテクノロジーも含む)が取り付けられるので、このシステムが有効なフレキシビリティーを提供しているように思えた。
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続いて、建具である。カーンのデザインする建具は大分クセが強いなあ、と見る度思っていたが、そのクセは初期からすでに開花していたようだ。例えば階段室のこの扉。一見何の変哲もない片開きドアだが、ハンドルがプルサイド(引いてあける側)にしかなく、反対側(プッシュサイド)にはプレートも何も付いてない。これは以降の建物でも頻出するパターンで、機能的に成立するとはいえ、なかなか思い切っていると思う。人の手に触れる真鍮フレームの一部だけがピカピカ光っていてシブい。
あとは、エントランスの両開き扉。ヒンジが妙な位置にくっ付いていてなかなかユニークな挙動をする。これもこの建物だけでなく、キンベル美術館等でも発見できるデザインである。
逆に、この「イエール大学アートギャラリー」に固有(と思われる)デザインボキャブラリーもある。その一つが階段室。3角形のパターンが応用された非常にシンボリックな構成であるが、ステンレスワイヤーとパイプを使った手摺周りのディテールは(多分)この作品だけで採用されている。後期の作品では、これまたクセの強い押出し型材(詳しくは次回)を共通して用いているからだ。
加えてこの作品で特徴的なのはコンクリートの肌合いだ。中々ブルータルな打ち放しである。これは僕の見てきた限りでは、ほかの作品には無い表情。例えば同時期に出来たリチャーズ医学研究所も一部コンクリート打ち放しだが、あの建物実はプレキャストコンクリート構造なので、もう少し滑らかな感じだった。そして、後期キンベル美術館におけるヴォールトのコンクリートがまさに"Blue Moon"と形容したくなるような感動的な肌理であることは、言うまでもない。構造的にも、柱断面が550×900、スパンは確か3.6m(うろ覚え)と、全体的にやや鈍重な感じは否めない。
とはいえ、この建築は70年近く前の作品。そのことを忘れてしまう程の驚くべきデザインで満ち溢れていることは間違いない。
もう少しじっくり佇んでいたいところだが、時間は限られている。そろそろ大本命の「ブリティシュ・アート・センター」に向かおう。
(つづく)
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