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愛 ≧ 友情 from アオハルガール

とある音楽番組の収録前…

控え室の前を通り掛かると、俺に気付いたさくらがこちらへ駆け寄ってきた

「〇〇〜」

「どうした?」

「前髪どぉ?」


と言って、グイッと顔を近付けて来る。

あまりの可愛さに耐え切れそうになかった俺はゆっくりと半歩後ろに下がった。

「…バッチリ決まってる」

「ほんと?えへへっ、ありがと!」

嬉しそうに笑うさくらに思わず心が揺れ動く。

「そうだ、ブログに上げる用の全身の写真撮ってもらってもいい?」

「おぉ、任せとけ」

と、意気込んだはいいものの何故かさくらはスマホを渡してこない。

「さくら?」

「ん?」

「スマホ貸してよ。写真撮るんだろ?」

「〇〇ので撮って?」

「え、何で?」

「〇〇のスマホのフォルダに私がいてほしいから」

「何か変な日本語…まぁ、いいけど。じゃあ撮るよ」

「うん!」

さくらがポージングを取る。

ここで俺は、さくらを撮るふりをして自撮りをするというありがちなボケをかましてみることにした。

「…オッケー。これで良いか確認して」

「はーい…って何してんの」

くすりと笑ってこちらを小突くさくら。

こんな事で笑ってくれるならこちらもボケた甲斐があったというものだ。

「この写真後でさくに送って?」

…why?

「え、やだけど…恥ずかしいし」

「えー!これ待ち受けにしたい!」

「絶対やめてくれ…」

「送ってくれないの…?」

ここでさくらが必殺技である上目遣いを繰り出してくる。

負けるな、俺…

「いや、その…」

「疲れた時に〇〇の写真見て元気出したいの…だめ?」

「…ダメじゃ、ないです…」

「えへへ、やったぁ」

何負けてんだ、俺…

「そういえば、香水新しいの買ったの!どう?」

さっきから何かいつもと違う感じはしてたが、そういう事か。

少しだけさくらに近付いて顔を近付ける。

この香りは…ピーチか。
俺好みのフルーティーな香りだ。

「んー…うん。俺これ好きだわ」

「ほんと!?良かったぁ…香水滅多に付けないからさ、すごく悩んだんだぁ」

「確かにさくらって香水付けるイメージ無いな。何で急に?」

「それはね、好きな人を落とすためだよ?」

「え?」

その言葉の意味を頭の中で考えている一瞬の間に、さくらが俺の胸に飛び込んできた。


「ちょ…さくら?」

ここは楽屋なので他のメンバーもいる。
そうなると当然視線はこちらに集まる。

「さくら、一回離れてくれる?」

しかし、さくらは離れるどころか、背中に回した華奢な腕に力を込めるだけだった。

「今ね、さくの香りを〇〇に付けてるの」

そう言いながら頭をぐりぐりと胸に押し付けている。

「んなことしてどうすんの」

「んー、マーキング?〇〇はさくのだよーって」

「違うんですけども…」

「これからなるの〜」

「他のメンバーの前で堂々と口説くのやめろよな…」

「これも作戦の内なの。一番見せたい人達はいないけどね」

「見せたい人達って?」

「和ちゃんと梅澤さん」

…あまりにも心当たりのある二人だな…。

「あのね、さく負けるつもりないよ?」

「さくら…」

そのまま吸い込まれてしまいそうな程の大きな瞳。

こんなにも可愛い子に想われている事実が、今の俺にはあまりにも重かった。

俺なんて、たかがマネージャー。
いくらでも替えのきく、風が吹けば飛ぶような存在。

さくらといい、和といい、美波といい、どうして俺なのか…。

「今日、〇〇の為に歌うから、ちゃんと見ててね?」

「あぁ…分かったよ」

さくらはその言葉に満足気に頷くとようやく俺から離れた。

両手を俺の肩に乗せた。

「…?何して───」

唇に感じる柔らかさ。

鮮やかなピーチの香りが鼻孔をくすぐる。

表情がはっきり捉えられるようになった時には、さくらは逃げるように楽屋へと戻っていた。

周りは騒がしいはずなのに、心臓の音だけがやけに聞こえる。

「…こりゃ参ったね…」

それから少しして、歌唱部分の収録まで間もなく、という時の事だった。

スマホに一件の通知が入った。

“今どこにいる?”

“控え室の近くにいるよ”

“今行くからそこで待ってて”

“分かった”

それから数分して、とある人物が俺の前に現れた。

「お待たせ、〇〇」

「お疲れ様、美波」

先程のやり取りは美波とのものだった。

「もうすぐ収録だけど、どうした?」

「んー、別に用があった訳じゃないんだけどね。
収録前に〇〇にギューしてほしくて」


少しだけ顔を赤らめながら言う美波。

乃木坂のキャプテンから、ギューしてほしい、なんて恥ずかしそうに言われたら、こちらとてダメージは避けられない。

俺は一度美波に背を向けて、頭を抱えた。

「〇〇…どうしたの…?」

「や、なんでもない」

幸い周辺に人の気配はない。

「珍しいな、美波のその感じ。収録緊張してんの?」

「キャプテンにもなるとやる事考える事いーっぱいあるんだからね…」

いつもは気丈に振舞っていても
その裏にある重圧と苦悩は俺なんかには測り得る物ではないんだろう。

それを少しでも軽くしてやれるのなら俺は…

「おいで、美波」

「ん…」

美波がゆっくりこちらへと近付いてきて、胸に収まった。

背中に手を回して、力強く抱きしめる。

合わせ鏡のように、美波もそれに倣った。

「…ん?」

「どうした?」

「すんすん」

「み、美波?」

何やら匂いを嗅いでいる。
俺、臭いかな…?

「この匂い…何?」

「この匂いって?」

「こんな香水付けてたっけ」

「香水?俺は香水なんて…」

そこで俺は思い出した。

先程、さくらによって“マーキング”された事を。

正直に言うべきか?
いや、何か不機嫌になりそうだし収録前に機嫌を損ねるのはマズい。

上手いこと話を逸らして…

「これ、さくの香水でしょ」

終わった…。

「いや、違うんだよ美波」

言葉が纏まらない。
というか、俺は何を焦ってるんだ…。

「どうせ抱きつかれてマーキングでもされたんでしょ」

「…エスパー?」

「はぁ…この優柔不断男め…」

美波が俺から離れる。

「ふ、不可抗力なんだって…」

「あぁ、何かもう全部手に取るように分かるわ。リップ付いてるし」

「嘘!?」

反射的に口元に指を当ててしまう。

「へぇ、キスもされたんだね」

「…そりゃずるいって」

「さくの事ちょっと甘く見てたかも」

「み、美波?」

顔は笑っているのに、目が笑っていない。

嫌な予感しかしない…。

「一夜を共にしたくらいじゃダメだったかぁ…」

「身も心も私の物にしないとね」

耳元でそんなセリフを囁かれた後、優しく唇が触れ合う。

「ん…とりあえず上書き成功」

ニッと笑う美波を俺は直視出来なかった。

「でもこれだけじゃダメだね。私もマーキングしておかないと」

「…?」

美波の視線は俺の首元へと向けられていた。


トイレの鏡で首元を確認する。

首元に付けられた赤いマーキングはしっかりと服では隠せない所に残されていた。

「メンバーとかに聞かれたらどうやって誤魔化せばいいんだよ…」

隠せないものは仕方ないので諦めてトイレを出る。

そういやそろそろ収録終わる頃か…

これが終わった後は和を家に送って俺の仕事は終わり。

この前はほぼ無理やり俺の家に来られたからな…。

今日はなんか言われてもちゃんと断らないと…。

「あ、〇〇!」

そこに、収録を終えた和がこちらへやってくる。

「おー、収録終わったか」

「うん!見てくれてた?」

「すまん、色々あって見れんかった」

色々、ね。

「えー、残念。〇〇の事考えて頑張ったのに」

シュンとする和。

何故か分からないが、いたたまれなくなった俺は和の頭に手を置いた。

「ほぇ」

「お疲れさん」

和の目がとろんとしている。

何か、今にもこちらへ飛び込んできそうな…

「〇〇…好き…」

「な、和───」


案の定、抱きついてくる和。

あまりの勢いに、背中が壁にぶつかる。

「もう無理、抑えらんない。すき、だいすき。もうこのまま帰る」

「アホか、アイドル人生終わるぞ」

「全責任取って」

「お前は無責任なのかよ」

「可愛いだけじゃ、ダメですか?」

「ダメに決まってんだろ」

「…ん?」

「あ?」

和が胸元に顔を埋めたまま、何やら顔を左右にスライドしている。

「何してんだ、和」

「…ねぇ、〇〇」

「何だよ」

「何で〇〇から、さくらさんと同じ匂いがするの?」

…キスマークに気を取られてすっかり忘れていた。

さくらめ…本当に面倒なことをしてくれたもんだ…。

「あぁ、さくらが香水付けたタイミングで近くにいたから俺にも匂い付いてるのかも」

「うーん…そっか。そういうこともあるか」

「そーそー。和は今日もう終わりだろ?送るよ」

「あ、うん!ありがとう!」

和がようやく俺から離れる。

何とか誤魔化せてよかった…。

「あ、〇〇」

そこへ美波がやってくる。

今、美波と和が出くわすのはまずい…。

和も恋敵の登場を警戒してか、俺を渡さんとばかりに腕を組んできた。

美波も美波で余裕の笑みを浮かべている。

「お、お疲れさん。和の事送ってそのまま帰るから」

「そーです!〇〇に送ってもらうんです!」


「ふふ、そっかそっか。あれ?〇〇」

「ん?」

美波が目の前まで近付いてくる。

和の腕を組む力がグッと強まった。

「首のアザ…どうしたの?」

こいつ…ニヤニヤしやがって…!

和の視線が俺の首に向けられる。

「…ホントだ。どうしたの?そのアザ」

「え、っと…」

「もしかしてぇ、キスマーク?」

美波のニヤニヤが一向に収まらない。

「き、キスマーク?」

「いや、何言ってんだよ美波…そんなわけないだろ…」

一応否定はするけれど、和も馬鹿じゃない。
誤魔化すことは出来ないだろう。
せめて美波に付けられたものだと悟られなければ…

「…美波さん」

「ん?どしたの、和」

「美波さんの事は大好きですし、先輩としてすごく尊敬してます…
けど、〇〇は私のですから…!」

その瞬間、視界が和で埋め尽くされる。

「っ…!」

あまりの勢いに思わず後ずさる。

美波も驚きのあまり、その場に立ち尽くしている。

「…ふふ、和も随分積極的だね?」

それでも、美波は笑顔を崩さなかった。

「それだけ負けられないって事です…」

「そうだね、それは私も。さくもだろうし。
でも、今日のところは和に譲ってあげる」

美波の指先が首に残されたキスマークをなぞる。

美波と目が合う。自信に満ち溢れている。

“あなたが好きなのは私でしょ?”

と目で訴えかけてきているのが分かる。

俺は、目を逸らすことも出来なかった上に、何も言えなかった。

「じゃ、お疲れ様!」

それだけ言って、美波は控え室の方へと去っていった。

「〇〇…」

「何?」

「今日さ…泊まってっちゃだめ…?」

「はぁ?ダメだよ。この前泊まらせてやっただろ」

「やだ!絶対泊まる!」

「駄々こねんなって…」  

「美波さんは何回泊めてあげたの!」

「一回だけだけど…」

「尚更泊まる!私の方が一回多いって自慢するから!」

「んだそれ!そんな理由で泊まらせるかアホ!」

「やだ!やーだぁ〜!!」

俺の腕をブンブンと振っている。

傍から見たらおもちゃを買ってもらえない子供みたいだ。

「ダメなもんはダメだ!言う事聞かねぇなら送っていかないぞ!」

「…今野さんに言いつけちゃおっかな」

「…は?」

何で今、今野さんの名前が出てくる…?

「この前今野さんと話したんだけどさ、〇〇が乃木坂のマネージャーになれたのって、今野さんのおかげらしいね?」

「まぁ、そうだけど…」

これは事実だ。
俺は元々他の芸能事務所で働いていたが、上のミスの責任を擦り付けられてクビにされた。

それをどこからか聞きつけた今野さんが、どういう訳か俺をマネージャーとして採用してくれた。

感謝してもしきれない。大きすぎる恩がある。

その為、俺は今野さんに足を向けて寝られない。

「私が今野さんに泣きついたら、〇〇ってどうなっちゃうんだろ〜?」

そこまで知ってか知らずか、とぼけた表情をしている和。

こいつ、加入したての時は初々しくて可愛かったのに…最近は随分とずる賢くなりやがった。

「はぁ…分かったよ。泊まっていいから」

「ほんと!?やったぁ!〇〇大好き!」

「抱きつくなって!誰かに見られたらどうすんだ!」

「見られてもいいよ?」

「俺がクビになって終わるから…」

「そうなったら和ちゃんが一生養ってあげるよ?
毎日家にいて?お仕事で疲れた私を癒して?それだけでいいから!」

…意外と…悪くない…か?

「…」

「あれ、ちょっと揺らいでない?」

「揺らいでねぇわ、アホ」

「嘘だ!ちょっと想像してたでしょ!可愛いなぁ、このこの〜」

「ツンツンすんな!誰がお前に養われるか」

「えー共働き〜?そしたら家事は誰がするのよ〜」

「何でお前は何もしない前提なんだ!」

「え、だって私可愛いし…」

「それが何だよ」

「可愛いだけじゃ、ダメですか?」

「…はぁ…」 

「…?」

こんだけ可愛かったら、ダメじゃないかもな…

死んでも言わないけど。


〜おわり〜

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