ダイエットの科学【bookノートC】
どのダイエット法が良いのかを判断することはむずかしい。
それは専門家にとっても同じことだ。
ダイエットに関する書籍の数は数多くあるが、現実として食事の質は世界全体で低下しつづけている。
2014年の時点で、アメリカでは2000万人の子どもが肥満とみなされ、
人口に占める割合は30年間で3倍になった。
イギリスでも成人の3分の2が過体重か肥満だし、
メキシコでは肥満率がアメリカを上回っている。
中国とインドの肥満率も、この30年間で3倍になった。
さらに驚くべきことに、痩せている人が多いと言われている日本、韓国、フランスのような国でも、子どもの1割以上が肥満だとされている。
この流れが続けば、イギリスとアメリカでは、2030年までに新たに7600万人、
合計すると人口の半分近くが肥満になってしまう計算になる。
すなわち、糖尿病などの患者がさらに数百万人増えるということだ。
当然、そこには天文学的な医療費が発生することになる。
世の中に出回っているたいていのダイエット法は、科学的な素養のない人によって考案されている。
さらに、評判の高い医師ですら、自説の正当性にこだわるあまり、矛盾する新たなデータを無視してしまうことが少なくない。
ダイエットという分野は、科学というよりは宗教に似ているのである。
これはそもそも、栄養学という分野が抱える問題でもある。
栄養学では、大規模な共同研究やプロジェクトがほとんど見られない。
専門家が常に互いに敵対しあっているからだ。
その結果、栄養学の研究水準はほかの研究分野と比べるとかなり遅れており、ほとんどの研究は、ある一時点の状況だけを調べる横断的かつ観察的な研究にとどまっている。
被験者に対してひとつの食品、
あるいはひとつの食事法を無作為に割り当てて長期にわたり追跡するような、
信頼性の高い無作為化比較試験はわずかしかないのが現状だ。
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同じ量の食事をとっていても、太る人と痩せる人がいる。
こうした違いが生まれる原因のひとつは「遺伝子」だと考えられる。
遺伝子は、食欲と最終的な体重の両方に影響する。
実際、個人差の60~70%は遺伝的要因で説明できるという。
とはいえ、ある形質が60~70%「遺伝によるもの」だからといって、それが運命として決まっているわけではない。
たとえば、遺伝子がまったく同じ一卵性双生児なのに、ウエストサイズがかなり違うこともある。
また、1980年代のイギリスだと肥満は人口全体のわずか7%だったのに、今では24%にまで増加している。
こうした年代的な変化も、体型が遺伝的要因だけで決まるわけでないことを示している。
そもそも、遺伝子が自然選択による適応を起こすには、最短でも約100世代かかる。
したがって、ここに遺伝以外の要因が絡んでいるのは明らかである。
その要因とは、私たちの腸内にすむ小さな微生物 (腸内細菌) である。
現代の食生活を理解するうえで、微生物はきわめて重要である。
微生物はまだまだ新しい研究分野だが、体と食べ物の関係についての理解を根本から変えつつある。
これまでのダイエット法では、栄養や体重を、エネルギーの摂取と消費という観点からしか考えてこなかった。
しかし、それこそがダイエットの失敗を招いていたのだ。
私たちと微生物の関係は深い。
とくに、私たちの腸には、数万種もの微生物がすみついている。
そうした多様な微生物のほとんどは、私たちの健康に必要不可欠な存在だ。
私たちが食べ物を消化するのに必須なだけでなく、
カロリーの吸収をコントロールしたり、
生命維持に必要な酵素やビタミンを供給したり、
免疫系を正常に保ったりする働きを担っている。
このように、私たち人間と微生物は数百万年ものあいだ、互いに生き残れるよう一緒に進化してきた。
ところが最近、この共生関係に問題が生じはじめている。
私たちの腸内細菌の種類が、かつてと比べて数分の1にまで減少してしまったのだ。
そしてこの変化が、肥満が急増している大きな理由となっている。
腸にすむ細菌のDNAを調べれば、人間のもつ2万個の遺伝子すべてを調べるよりも、その人の肥満度をはるかによく予測できる。
ウイルスや菌類についても調べれば、その精度はさらに高くなるだろう。
たとえば、低脂肪ダイエットで効果がある人がいる一方で、高脂肪の食事をとっても大丈夫な人がいる。
糖質をたくさんとっても太らない人もいれば、同じ量の糖質で太ってしまう人もいる。
赤身肉を食べても問題ない人もいるし、そのせいで心臓疾患になってしまう人もいるだろう。
こうした現象はどれも、腸内細菌の個人差で説明できる。
言い換えれば、自分のもっている腸内細菌についてしっかり理解しなければ、正しいバランスを取り戻すことはむずかしい。
人間の腸は庭のようなものだ。
植物を育てるためには庭の土に栄養がなければならないように、
体の中の微生物コミュニティを健全な状態に保つためには、
腸を健全で豊かな状態にしておかなくてはならない。
また、雑草や有毒な植物 (有害な微生物や病原菌) が蔓延しないように、
できるだけたくさんの種類の植物を育て、種をまく必要もある。
大事なのは多様性なのだ。
残念ながら、私たちの体にすむ細菌の多様性は、ここ数十年で着実に減少している。
これはまちがいなく問題だし、肥満だけでなく、アレルギーや自己免疫疾患、糖尿病が急増している主原因の可能性がある。
こうした問題を解決するためには、さまざまな種類の食事をとり、腸内細菌の多様性を高めることが必要不可欠だ。
私たちがするべきなのは、摂取する食品の種類を増やすことであって、減らすことではないのである。
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「食べる量を少なくし、もっと運動すれば、カロリーを消費して痩せる」
この神話はいまも広く信じられている。
太るのはカロリーの摂取量が消費量より多いからという理屈はたしかに説得力があり、
一見すると反論するのはむずかしいように思える。
しかし、カロリーはすべて同じというわけではない。
たとえば、ファストフードで2000キロカロリーを摂取するのと、
健康的な食事で2000キロカロリーを摂取するのでは、結果はまったく異なる。
カロリーは、食品を燃焼させたうえで、消化吸収率の違いを考慮して算出される。
だが、食品の鮮度の影響、調理による効果については無視されている。
また、体が食べ物からエネルギーを生みだすプロセスは、食べ物の種類や咀嚼回数、消化しやすさ、食べ合わせなどでかなり違う。
当然、摂取エネルギーに対する反応も、その人の遺伝子構造や腸内細菌の状況によって異なってくる。
このことから、腸内でもたらされる効果という意味で、1キロカロリーがすべて同じではないのは明らかである。
カロリーを消費するうえで、運動にはどのような効果があるのか。
定期的な運動が、心臓や筋肉を鍛えるのに役立ち、寿命を延ばすという点では、専門家や栄養士の意見は一致するだろう。
必要な運動量については見解が分かれているが、時間としては1週間に90分から6時間までの範囲で、汗をかく程度の適度な運動をするというのが一般的な解答だ。
とはいえ、少なくとも多くの人にとって、運動習慣を身につけるのは簡単ではない。
一般的に、運動を継続できるかは個人の意志にかかっていると見なされている。
しかし、自発的な運動を好むかどうかは遺伝子の影響によるところが大きく、70%という明確な遺伝率があると証明されている。
なお、エネルギー消費量の遺伝率は、ほとんどの測定結果で50%を下回る。
つまり、実際のエネルギー消費においては、遺伝よりも環境のほうがわずかながら重要だと示唆されている。
ジムのトレーニングで週1回汗を流したとしても、残念ながらそのエネルギー消費量は大きなドーナツ1個分にしかならない。
日常的にジョギングをしている人を調査したところ、走る距離に関わりなく、ほぼすべての人が年々少しずつ太っていったという報告もある。
運動しても体重が減らない人がきわめて多いのは、体がその分を埋め合わせてしまうからだ。
体は、脂肪の減少によって体重が減ることを防ぐようにプログラムされている。
事実、運動量を増やしても、安静時のエネルギー消費は変わらないし、
むしろ最大30%減少してしまうことが、
複数の研究から明らかにされている。
いくら運動をしていても、食事制限をしないかぎり、体重が減るということは考えにくい。
ただし、運動する意味がないというわけではない。
太っていても運動のおかげで健康的なほうが、
痩せていて運動不足であるよりもいいのは疑いようがない。
運動をまったくしない場合の早死のリスクは、肥満である場合の2倍に相当する。
もし年間270時間ほど運動すれば、寿命を3年ほど延ばし、多くの病気の発病を遅らせることができるだろう。
それに加えて、運動には腸内細菌を、より健康で多様性に富んだ状態にしてくれる効果もある。
運動はあらゆる意味で有益な時間の投資なのだ。
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ダイエット神話のなかで最も危険なのが、食べ物への反応は誰でも同じだと考えてしまうことだ。
私たちの体は誰一人として同じではない。
ゆえに、摂取カロリーと消費カロリーのバランスだけにこだわってもまったく意味はないし、それどころか混乱の原因になりかねない。
もちろん、議論の余地のない事実もある。
砂糖や加工食品の多い食生活が、腸内細菌に悪影響をおよぼすのは疑いようのないことだ。
逆に、野菜や果物が多い食生活は腸内細菌によい影響を与えるため、健康にもプラスになると考えられる。
ときどき軽い断食をして腸を休ませることも効果的だろう。
とはいえ、私たちの体とそこにすむ細菌は、一人ひとりまったく違う。
柔軟性のない画一的なダイエット法を信頼してはならない。
ダイエットにおいて大切なのは、
栄養面に配慮しつつ、
継続可能な方法によって、
体重を少しずつ減らしつづけることだ。
そのためには食事量だけでなく、
栄養や食品の種類、
食事のタイミングにいたるまで、
食生活を根本的に見直す必要があるのである。
「ダイエットの科学」
ティム・スペクター 著
白楊社
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