縮小ニッポンの衝撃【bookノートE】
東京豊島区の高野之夫区長は、2014年、民間の研究機関「日本創成会議」の発表に驚いた。
「消滅可能性都市」のリストに豊島区の名前が挙げられていたからである。
消滅可能性都市とは、少子化と人口減少が止まらず、将来存続が危ぶまれる自治体を指す。
2016年2月に発表された国勢調査によると、全国の8割以上の自治体がすでに人口減少に陥っている。
しかし、人口流入の絶えない東京で、なぜ人口減少が起こるのだろうか。
しかも、日本屈指の乗降客数を誇る池袋駅を有し、現在29万人の住人を抱える豊島区がなぜなのかと、区民は衝撃を隠せなかった。
豊島区は緊急対策チームを立ち上げ、人口データの分析を進めた。
するとある課題が浮き彫りになった。
若者を中心に毎年2万人が流入する豊島区では、転入と転出による人口増が毎年2000人〜6000人に及ぶ。
しかし、「区内に住み続けている人」に絞ると、25年以上にわたり、死亡者数が出生者数を上回る「自然減」の状態が続いていた。
自然減を招いた要因は出生率の低さである。
豊島区の合計特殊出生率は全国平均1.45を大きく下回る1.00と、23区でも最下位の数字である。
そこで豊島区は、区の転入者で最も割合の大きい「20代の単身者」の動向に注目する。
彼らが結婚し、区内で子供をもうけられるようにすることが、人口を「自然増」に転じるために有効な方策だと結論づけた。
しかし、現実はそううまくはいかない。
転入してきた20代の単身者の平均年収は241万円だ。
区内に住み続けてきた同年代と比べて、40万円以上も低い。
この年収で、結婚して子供を育てることは難しいという声もある。
地方から流入してくる若者が、希望の仕事に就けず厳しい環境で生活しているおそれがある。
彼らが低い税負担能力のままで、次の担い手となる子をもうけることなく高齢になり、働けなくなれば、住民税は大幅な減収となる。
それは、区政が困窮を極めることを意味する。
では、将来東京にとって重荷となりかねない、地方からの単身転入者たちの暮らしは、どのようなものなのか。
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2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、建設ラッシュのつづく東京では、日夜、大型ダンプが建設現場に出入りする。
工事現場の安全管理に不可欠な警備員の有効求人倍率は14倍を超える。
警備業界は、様々な事情を抱えた若者が地方からやってくることもあり、従業員の出入りが激しい。
新宿区、ある警備会社の社長はこう語る。
「日払い、寮付き、食事付きという3つの条件さえあれば、必ず人は来る」。
地方から出てきたものの、仕事がなく、貯金も尽きて助けを求めてきた若者たちが、寝泊まりする場所と日給7500円、夜勤なら8500円という日払いの給料を求めてこの警備会社にやってくる。
「地元に思うような仕事がないから」という理由で東京をめざしてきた若者たち。
最初の就職で希望する仕事や環境を手に入れられなかったが、立ち直るために東京へやってきた。
彼らの一人は「通過点だと思っていた警備の仕事がいつの間にか長くなって抜け出せない」と語る。
東京で思い描いた生活は実現からほど遠いという。
こうした若者の状況は警備業界に限らない。
戦後の東京一極集中は3回起きている。
高度経済成長期とバブル期のときは、好景気によるもので、より好条件の仕事に就くためというポジティブな理由で引き起こされていた。
一方、2000年以降に始まった東京一極集中は、就職氷河期が続く中で「地方から逃げ出す」というネガティブな理由によるものである。
世代も20代から30代〜40代へとシフトしている。
地方からの若者の流入は、今後確実に減っていく。
そうなると、2040年の東京都の人口ピラミッドは、老年人口が極端に多く、若い世代が少ないという、不安定な形のツボ型になると想定されている。
地方の衰退によって、東京が共倒れになる可能性は十分に考えられるのだ。
しかも、東京の住民の高齢化という、深刻な問題もすでに始まっている。
高齢者の集中は、介護施設に入居できない「待機老人」の劇的な増加や、介護を受けたくても受けられない「介護難民」の出現を引き起こす。
病院に搬送され、その後行き場のない単身高齢者も増加の一途をたどっている。
NHK取材班が取材してきた若者たちは、単身高齢者の予備軍ともいえる。
人をひたすらかき集めてきた東京の負の遺産として、住民に重くのしかかってくるのかもしれない。
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北海道夕張市は、2006年に353億円の赤字を抱えて財政破綻し、全国で唯一の財政再生団体となった。
市役所の職員たちは、どこまで自治体の存在を切り詰められるのかという極限状態の渦中にいる。
1960年代のピーク時に11万人だった人口は、2006年には1万3000人台に、2017年5月時点では8500人台にまで減少した。
債務残高は2017年3月時点で238億円。毎年26億円の返済を、今後20年間続けなければならない。
市職員の給与は平均4割カットされ、399人いた職員は100人に減少した。
図書館・公共施設は閉鎖され、小・中学校はそれぞれ1校に統廃合された。
市民病院も診療所に縮小され、子育て支援や福祉サービス、各種補助金も次々となくなった。
高齢化率が5割にのぼる一方で、15歳以下の子供の割合は6%にも満たない。夕張市は、もはや人口を増やそうとは考えていない。人口減少が続くことを前提に「撤退戦」を進めている。
まず見直しが入るのは、人が減って残された公営住宅の管理である。
公営住宅の修繕にかかる費用は年間2億円にものぼる。
ただし、ヒビの入った窓ガラス、扉の外れた物置、この程度では、修繕の対象にはならない。
今にも崩れ落ちそうな大きなヒビの入った煙突でやっと修繕リストに仲間入りする。
つまり、修繕をするかどうかの基準は「傷んでいるかどうか」ではなく「住民の身に危険が及ぶかどうか」なのである。
市営住宅、橋梁、水道管、道路など、市が管理するインフラを今後40年維持するのにかかるコストは488億円。
財政破綻時の借金を超える金額が必要になる試算だ。
問題は人口が減ることではなく、残った住民の負担が膨らむことである。
夕張市「まちづくり企画室」が導入したのは、地域ごとに行政コストを可視化する「自治体の都市インフラ整備維持収支計算プログラム」というシステムである。
パソコン上で示された市内全域の地図の特定域を囲めば、その地域でかかっている道路維持費、除雪費、ロードヒーティング費、橋梁費、下水維持費などが表示される。
これに地域の人口データを重ねることで、一人あたりの行政コストも明らかになる。
よって、行政コストが非効率になっている地域には住まないように誘導できる。
システムを開発した研究所は、このプログラムが他の地域でも必要とされる時代がやってくると見ている。
そのきざしは、国土交通省が2014年に作った「立地適正化計画」という新たな仕組みにある。
自治体に対してまちのコンパクトシティ化を促す取り組みだ。
「将来的にも住める場所」と「人が住まなくなる場所」を計画的に明確化すれば、国から補助金が出る。
夕張市が現在進めている取り組みは「周縁部をどう縮めていくか」「切り捨てる地域をどう選ぶのか」という核心に踏み込むもので、国の計画の一歩先を行く取り組みだといえる。
2016年の春、夕張市で最大の住宅地清陵町が、自治体の都市インフラ整備維持収支計算プログラムによって不採算地域とされた。
夕張市で最後に閉山した炭鉱とともに発展した町である。
清陵町を歩くと明らかな異変に気がつく。
引っ越しが多く、家具はゴミ収集車に吸い込まれていく。
かつて炭鉱で働いていた単身高齢者などが、札幌に住む子供のところや施設などに移っていくためである。
市営住宅の950戸ある部屋のうち、人が住んでいるのは300戸を切る。
コンクリートの腐食による漏電の危険性により、市から移転を言い渡された住民は、退去には納得している。
しかし、引越し代についての市の説明には疑問があるという。
市の都合による引っ越しのため、基本的には市が費用を負担するのだが「清陵町内の住宅に移転するのであれば、引越し代は出さない」というのである。
長年暮らした町から離れたくはなかったが、金銭的な負担から市内の別の町に引っ越すという住民もいる。
夕張市は、これまで公には認めていなかった「政策空家」を正式に方針として定め、270棟ある建物のうち、4棟程度を残してすべて除却することに決定した。
これにより、インフラや行政サービスにかかっているコストを大幅に圧縮できる。
最大の課題は住民の説得だ。
自治体職員たちは、自治体を安定した状態で継続させるために、住民の痛みに正面から向き合うことを迫られている。
人口の急速な減少と、それに伴う過疎地域の無人化が容赦なく進む。
そんな中、行政サービスを担うことになった住民組織の数は全国で増加の一途をたどる。
国は2020年までに、2014年度末時点の約2倍にあたる3000団体にまで増やす方針を掲げている。
しかし、住民自身に公共サービスを担わせる一方で、どこまでが行政の仕事かという議論はあいまいなままである。
過疎地域の無人化がまったなしで進む日本。
集落消滅や地域縮小のタブーに、今まで以上に向き合う必要性が高まっていることはまちがいない。
「縮小ニッポンの衝撃」
NHKスベシャル取材班
講談社
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