睡眠こそ最強の解決策である【bookノートC】
「いつ寝て」「いつ起きる」の決定は、身体の中でどのように行われているだろうか。
大きな要因は2つだ。
1つめは、脳に組み込まれた24時間単位の体内時計から送られてくるシグナルである。
これが夜と昼のリズムを生み出している。
2つめは、脳内で生成される化学物質だ。
起きている時間が長くなるほど、この化学物質の量が増え、脳に「睡眠圧」がかかるようになってくる。
この体内時計と化学物質のバランスによって、「日中は覚醒し、夜間は眠たくなる」というリズムが生み出される。
この体内時計は人間だけではなく、植物も含め、地球上に生きるすべての生物に備わっている。
しかし人間の体内時計は、きっかり24時間ではない。
大人の体内時計は平均して、24時間15分で1日のリズムを刻んでいる。
人間は日光を浴びることで、このズレを修正しているのだ。
すべての人がおおよそ24時間のリズムを刻んでいるが、全員が同じ睡眠パターンを持っているわけではない。
覚醒のピークが午前中に来て、夜の早い時間に眠たくなる「朝型」と、
寝るのが遅く起きるのも遅い「夜型」のパターンがある。
人口のおよそ40%が朝型で、30%が夜型、残り30%が朝型と夜型の中間に分類される。
朝型と夜型は、遺伝的に決まることが多い。
そして多くの夜型の人が、社会から不当な扱いを受けている。
朝寝坊しやすく、怠け者のレッテルを貼られてしまうからだ。
とりわけ朝型の人は夜型の人を非難しがちで、努力すれば改善できるはずだと勘違いしている。
しかし夜型の人は好きでその生活パターンを選んだわけではない。
夜型の生活パターンが、すでにDNAに組み込まれているのである。
問題は、社会のスケジュールが朝型に合わせて作られていることだ。
夜型の人の場合、午前中はなかなか生産性を上げられないのに、せっかくエンジンがかかってきても、もう仕事が終わる時間になってしまう。
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人は眠っている間、まったく違う睡眠の状態を繰り返している。
それがレム睡眠とノンレム睡眠である。
レム (REM) とは、「Rapid Eye Movement (素早い眼球の動き) 」の頭文字を取ったものだ。
睡眠中は、このレム睡眠とノンレム睡眠が90分単位で入れ替わっている。
しかしヒトはなぜレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すのであろうか。
その答えは科学的にはっきりしていないが、仮説はいくつか存在する。
そのひとつが、ヒトは寝ている間に脳の神経回路を更新し、限られた記憶のスペースを有効活用するというものだ。
ヒトは睡眠をとると脳がリフレッシュされて、新しい学習をする準備ができる。
脳は起きている間、ずっと新しい情報を取り入れている。
そして新しい情報は、常に脳内にある海馬という部位に入っていく。
海馬は新しい記憶を集め、一時的に保管する。
しかし海馬の容量には制限があり、
容量オーバーになると、
新しい情報が保存できなかったり、
古い情報が別のものに上書き保存されたりしてしまう。
脳はどうやってこの容量問題を解決しているのだろうか。
睡眠によって海馬に保存された新しい情報は、どこか別の長期保存用の場所に移動する。
そうすることで、海馬の容量が空き、次の日もまた新しい情報を入れることができる。
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記憶とは、教科書の内容や人の名前を覚えることだけではない。
自転車に乗るといったスキルに関するものも、記憶の一種だ。
あなたは小さい頃、どうやって自転車に乗れるようになっただろうか。
それは実際に乗って練習し、スキルを身に付けたからである。
楽器の演奏、スポーツなどの運動スキルは、練習で身に付けるしかない。
しかしヒトの場合、身体を動かしていない間でも、脳が独自にスキルを身に付けることがある。
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睡眠は、健康にも大きな影響を与える。
そのひとつが、睡眠不足による肥満である。
食欲をコントロールするホルモンに、「レプチン」と「グレリン」というものがある。
満腹という信号を出すレプチンが血中に増えると、
満腹を感じて何も食べたくなくなり、
逆に強い空腹感の引き金になるグレリンが血中に増えると食欲が増進する。
レプチンが減少しすぎるか、グレリンが増加しすぎると、食べる量が増えて体重が増えてしまう。
4〜5時間の睡眠だと食欲が大幅に増えることがわかった。
食事内容と活動量を変えず、ただ睡眠時間を少なくしただけで、食欲が大きく増大したのである。
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人はノンレム睡眠でもレム睡眠でも夢を見ている。
しかし「映像や動きがあり、支離滅裂で感情的になる」夢は、レム睡眠の時に現れる。
睡眠研究の世界では、夢とはこのレム睡眠の夢だけを指すことがほとんどだ。
長い間、夢はレム睡眠の単なる不随物や副産物だと考えられてきた。
しかし現在では、夢とレム睡眠には、大きな2つの役割があるとわかっている。
1つめはメンタルヘルスの調整、そして2つめが問題解決と創造である。
「すべては時間が解決する」とよく言われるが、「傷を癒やしているのは単なる時間ではなく、夢を見ている時間」かもしれない。
つまりレム睡眠中の夢は、セラピーのような役割を果たしているということだ。
というのも「ノルアドレナリン」と呼ばれるストレスホルモンが、レム睡眠中に脳内から完全に一掃されるからだ。
そしてストレスホルモンがない状態で、
その日の出来事を整理し、
罪悪感やつらさを伴う記憶を忘れたり、
解体したりするのである。
レム睡眠の2つめの大きな役割は、情報を処理し、問題解決力と創造力をもたらすことである。
レム睡眠で夢を見ているとき、脳はそれまでに蓄えた知識の中から、
そこにある規則性や共通性を導き出そうとする。
だからしっかりレム睡眠を経験していると、いままでの情報が整理され、画期的な解決策を思いつくのである。
レム睡眠のときに見る夢は、まさに「情報の錬金術」だ。
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暖房により部屋が暖かくなりすぎると、寝付きのよさや睡眠の質に悪影響を与えてしまう。
布団やパジャマが一般的なものの場合、理想的な寝室の室温は少し寒いと感じるかもしれないが、18.3℃だ。
眠りに入るには、身体の中心体温を1度ほど下げる必要がある。
そのため暖かすぎる部屋よりも、寒すぎる部屋の方が寝付きはよい。
身体の中心の体温が下がると、脳の中心にある温度に敏感な細胞が変化を感知して、その情報を発信する。
就寝前の風呂が入眠に効果的なのも、身体を暖めるからではなく、身体の中心を冷やすからだ。
そして体温の低下と周囲が暗くなってきたという情報を頼りに、脳内で睡眠を誘発するホルモンが分泌されるのである。
より質の高い睡眠を取る方法は色々とあるが、中でも最強の方法は「平日、休日にかかわらず、毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きる」ことである。
また定期的に運動すると、トータルの睡眠時間が長くなり (とくにノンレム睡眠が長くなり) 、睡眠の質も高まる。
しかし運動に関しては、注意点がひとつある。
それは寝る直前に運動をしないことだ。
少なくとも寝室の電気を消す2〜3時間前には、運動を終わらせるようにする。
身体を動かすと体温が上がり、1〜2時間はそのまま下がらない。
だから運動が終わったあと、そのまま布団に入っても眠気が襲ってこないのだ。
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全米の労働者と賃金を調べたところ、平均して睡眠時間が多いほど収入も多くなることを発見した。
1時間多く睡眠を取る人の収入は、全体平均と比べて約4〜5%高い。
「60分の睡眠でたったそれだけのリターン?」と思うかも知れないが、昇給の全米平均は約2.6%だ。
昇給のためにがんばって働くのではなく、1時間多く寝るだけで、そのほぼ倍の昇給が実現できるのである。
睡眠不足が成功につながらないことは明らかだ。
長時間労働を誇りに思うような企業文化は間違えている。
これからの企業は、あらゆる従業員が十分な睡眠時間を確保できるように、環境を整えることが重要になるだろう。
「睡眠こそ最高の解決策である」
マシュー・ウォーカー 著
SBクリエイティブ
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