眠っているとき、脳では凄いことが起きている【bookノートC】

ランディ・ガードナーは1965年に、11日のあいだ一睡もせずに過ごした。2、3日経つと集中力が低下し、

9日も経つと100から逆に数えるのに失敗した。



様々な科学的実験の結果、睡眠不足になると機嫌が悪くなり、

幻覚や妄想、

記憶力や集中力の低下、

決断力の欠如といった現象が起き、

それらの作用はすべて脳によって制御されているものだと判明している。

睡眠中は他の動作という干渉がないだけではなく、もっと重要なことが起こっているのではないか。

睡眠不足だと五感をつかさどる脳の領域の反応が鈍るため、五感によって通達される情報への注意力が低下する。

さらに、「前頭前皮質」で処理されるはずの独創的なアイディアをひらめく回数、すなわち水平思考の力が減少する。

脳内でそのようなアンバランスが生じると、人間は変則的な決断をするようになる。

しかも睡眠不足時では懲罰系と報酬系の作用のバランスも乱れる。

このため、警戒心が不足してしまう傾向も見られる。

睡眠不足では、否定的な感情を取り除く作用のある「前頭葉」も正常に働かなくなる。

そのため、ネガティブな認知にかかわる脳の領域(扁桃体など)が過度に興奮してしまう。

徹夜明けに気分障害の診断テストにのぞむと鬱病に分類されてしまうのは、そのためだ。

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脳では、入力と、出力と、そのあいだで起きる処理が、すべてきめこまかく組織化されている。

情報の伝達がどのようになされているかは、ニューロン(神経細胞)の働きを詳しく探る必要がある。

ニューロンとニューロンの間には、ふたつの異なる細胞の細胞膜が接するよう近づくシナプスが存在する。

神経伝達物質の授受には電気的刺激が起こるが、この細胞の発火の強弱により入力に影響が生じる。

そしてニューロンは、過去にアドバイスを受けたことのある友人の意見には従いやすくなるという人間同士のつながりのように、

特定の発生源からの入力と同時に活性化して発火するなら、

その後もその発生源からの情報を大切にし、

発火しやすくなるという傾向がみられる。

神経伝達物質には様々なタイプがあり、それぞれに合うように設計された受容体を持つ細胞にのみ影響を与える。

アセチルコリンが脳のあちこちで「目を覚ませ!」と刺激を出し続けるのに対し、GABAはそのような信号の影響を弱めて睡眠へといざなう。

この神経伝達物質のバランスは、スピーディに切り替えられないようにゆっくりと調整される。

この調整が上手くいかないと「日中にいきなり倒れて眠ってしまう」といった睡眠障害に陥る。

睡眠中のアセチルコリン濃度は、深い眠りであるノンレム睡眠から浅い眠りであるレム睡眠にかけての各段階によって、劇的に変化する。

また、セロトニン(その低下は鬱や不安神経症をもたらす)が不足すると、不眠症の原因にもなる。

物置や屋根裏に物をしまうのに限度があるように、脳内に取り込む情報にも限度がある。

しかし、脳は情報の選別を能動的におこなえるわけではない。

新たに情報を取り込めるように、たまってしまった不要な情報を捨てるという作業が必要になる。

それが睡眠、というわけだ。

ノンレム睡眠の最終段階、脳波が巨大なうねりのように生じる「徐波睡眠」では、シナプスのつながりは弱まる。

このことにより、脳内システム全体でリセットがおこなわれる。

この脳内リセットによって得られる利点は、単純に新しい情報のスペースが確保された、ということにとどまらない。

シナプスのダウンスケーリングとは、ラジオの音量を下げることで雑音を消しながら必要な音声のみ聞こえるようにするように必要な情報を固定するという作業なのだ。

ある状況を思い出すときには、実際に経験した際の感覚入力によって活性化した脳の部分にあるニューロンが、通常よりも多く活動電位を発生させることにより、再度活性化される。

海辺を走った記憶なら、足裏で感じた砂の感触や波の音、潮の香りといった、異なる脳領域にあるそれぞれの記憶が連動し、記憶を再生させている。

同時に発火するそれぞれのニューロンは、結びつきを強めていく。

徐波睡眠の大きな振動は、神経活動を同期化し、ニューロンの発火を促す働きをもつ。

発火によってニューロン間のシナプス結合は促進され、記憶は強固なものになっていく。

シナプスのダウンスケーリングと、結合の強化が、同時におこなわれているという点は興味深い。

夢は何のためにあるのか。

夢は「現実世界のリハーサル」という意味があるという説や、また翌日の気分や体調だけでなく長期的な感情をも調整するという説もある。

催眠暗示によって、ヘビやクモという恐ろしい生き物と穏やかで大人しい姿とを結びつけ、恐怖心をやわらげることができる。

さらに、無関係のように脳にしまわれた記憶や知識が、夢によって結び付けられる可能性も明らかになっている。

これらは小説『フランケンシュタイン』や電球の発明など、文学や芸術、科学的発想の源となっている。

複雑な情報源からの情報を結びつけて結果につなげるのに、睡眠が役立つ。

睡眠中に感情をともなう記憶を保護しようとする動きがあるかどうかは、判明されていない。

シナプスのダウンスケーリングにより重要な情動記憶は強化され、そうでないものは薄れていく。

しかし、レム睡眠時には、情動反応に関わる偏桃体と記憶をつかさどる海馬はほぼ同時に、高いレベルの神経発火を見せる。

レム睡眠中、偏桃体と海馬が何らかの協働をおこない、より強い感情を伴う記憶を優先的に強化し、思い出しやすいようにしている。

一方、喜怒哀楽のさまざまな表情を表す顔の写真を見せるテストでは、被験者は怒りや恐怖の表情に対し過剰な反応を見せたが、レム睡眠後ではその反応が消えた。

日中にゆがめられた感情的な反応を、睡眠が修正している可能性がある。

睡眠の第二段階で生じる「睡眠紡錘波」という振動の小さい高速波は、IQの高さ、ひいては全般的な知能の尺度につながることは、幅広いテストによって分析されている。

学習した内容が少し難しい場合、例えば左手でピアノを引く学習の実験では、それに関連した脳の構造体における睡眠紡錘波の密度の高さがみられた。

さらにその増加の程度によって、ひと晩でピアノがどれだけ上手に弾けるようになったかを予測できる。

この睡眠紡錘波の働きと、睡眠中の記憶の固定とを絡めることで、知識の高さをも予測できるかもしれない。

特定の知識を強化するなら午後にうたた寝して徐波睡眠を取り入れる。

感情的な思い出を強化するなら朝少し遅めに起きるか午前中にうたた寝をしてレム睡眠をとる、という睡眠のコントロールは可能だ。

昼寝の直前に学習するか、以前学んだことを復習すると知識が脳に固定される。

夜、頭が疲れているときに新たに学ぶのは逆効果だ。

適切な睡眠のために、ベッドや照明などの環境、就寝前の行動に配慮しておこう。

眠りに落ちる前は体温が低下するので、一時間半ほど前にお風呂に入っておき、先回りして体温を少し下げておくとよい。

スマートフォンやコンピューターのモニターから生じるブルーライトは体内の概日リズムを崩すので、あらかじめ消すか画面にオレンジフィルターをつけるなどの対策が望ましい。

カモミール茶や温かい牛乳など眠気を誘う食品をとるのもおすすめだ。

満腹だと消化活動によって睡眠が妨げられるので注意しよう。

睡眠は感情や体調だけでなく、知識や技能にまで影響を及ぼしているらしい。

「眠っているとき、脳では凄いことが起きている」
ペネロペ・ルイス 著
インターシフト

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