エッセイ)勝つ為に
『相手より楽しんだ方が勝つんですよ』
S君は口癖の様に、この言葉を使っていた。
私は3年前までフットサルの社会人チームで監督をやっていた。7年間で3チームを渡り歩き、それなりの成績を残した。その間、S君はキーパーコーチとしてずっと私を支えてくれた。
私は物事に集中すると周りが見えなくなる。
フットサルにおいては、いかに勝つか?勝つ為にどうすれば良いか?そればかりを考えていた。
時には選手に罵声を浴びせたり、厳しい要求を突きつけたりと空気も読まずに自分の理想を押し付けていた。
最初のチームは、自分の理想を強く押し付けたのが原因でシーズン途中に空中分解を起こし、私は追い出されるようにチームを去った。
その後、すぐに次のチームからオファーを貰いS君と共に移籍をした。
2チーム目は、3年間で県リーグで優勝をすると言う目標を立てた。私は目標達成の為に自分の理想を押し付けながらどんどんとチーム作りを進めていった。
そんなある日、S君が怖い顔をして
『相手より楽しんだ方が勝つんですよ』
と言ってきた。
その日も練習の参加人数が少ない上に選手の覇気がなく、こんな事では勝てないとミィーティングでブチ切れた後だった。
S君の言葉に何を今更と呆れ顔で、楽しいを優先したら勝てない。勝てないなら競技でやる意味がないと自分の理想をS君に語った。
S君は私の言葉を受け入れつつも諭す様に話してくれた。
『kesun4さんは、今、楽しんでますか?
試合に勝つ事は大切ですけど、ガチガチに強制された感じで試合して、勝てたとしても楽しいんですかね?
昔はみんなで楽しくボールを蹴ってましたやん。あの時は負けてばっかりでしたけど、勝てたらめっちゃ嬉しかったっすよね。
今は勝つ事が義務みたいなっていて楽しめてないですよね。監督が楽しめてなかったら、選手に何を言っても響かんのとちゃいます?』
私は彼の言葉で 、1番大切な事を忘れていたと気づかされた。試合をすれば誰もが勝ちたい。だから、何よりも勝つ事を優先した。しかし、楽しくなければ物事は続かない。
やる気がないから選手が来ないと全てを選手の所為にしていたが、本当は楽しくないから選手が練習にも試合にも来ないのだ。楽しくないから無理にやらされている様になってしまうのだと気付いた。
この日を境に私は考え方を改めた。
選手にはなるべく前向きな言葉をかけるようにし、練習の最後には必ずゲーム形式の練習を取り入れた。
チームでの飲み会なども定期的に開催し、選手一人一人と向き合う時間を設ける様にした。
加えて、自分も個サルや民間大会に参加してボールを蹴るようにした。
考え方を変えたつもりでも、すぐには変えられずに怒ってしまう事もしばしばあったが、チームの雰囲気は徐々に良くなっていった。
それに比例する様に練習の参加人数も増え、試合での結果にも繋がっていった。
結局、3年間で目標はクリアー出来なかったが2部から1部に昇格し最終的には県の1部リーグで4位の成績を収めた。
そのまま、監督業を引退するつもりだったが他チームから熱烈なオファーを貰い、2年間、延長する事になった。
3チーム目では、楽しむ事を軸に置いたチーム作りをした。結果はまたしても目標には、一歩及ばなかったものの、それなりの成績を収め、その後、監督業を引退した。奇しくも自分が辞めてから2年後に私が率いた2チームは目標を達成した。
監督を辞めて3年、S君が看護師という事もあって最近は中々会えずにいる。それでも、気が向いた時に電話で近況報告をするなど、彼との交流は続いている。
S君は大変な状況になっているにもかかわらず、明るい声でウィットに飛んだジョークを飛ばして、自分を笑わせてくれる。たまに笑えない程にブラックな時もあるが、きっと、この辛い状況下でもなんとか楽しんでやっているのだろう。
人生に勝ち負けはないかも知れない。
しかし、どんな時でも楽しみながら生きていければ、負ける事はないのだと思う。
『相手より楽しんだ方が勝つんですよ』
この言葉は、楽しむ事がいかに大切かという事を改めて私に教えてくれた。
現状で辛い思いをしている者にとっては、“楽しむ”なんて悠長な事を言っている場合ではないかも知れないが、何かを楽しむ事で気持ちに余裕が生まれ、物事が好転して行く事も多い筈だ。
下を向いてばかりだと大切な事を見落としてしまう。こんな時だからこそ、前を向いて楽しみながら歩いて行く事が最も重要なのだと思う。
終わり
個サル…施設などが開催する個人参加型のフットサル。施設が呼びかけて、当日集まった面子でフットサルをするイベント
民間大会…施設が開催するワンデイ大会
優勝景品をかけて、当日集まったチームで
試合をするイベント
カテゴリーに関して(ウチの県だと)
オープン→県2部→県1部→地域2部→地域1部→Fリーグ(Fリーグからはプロ)