喉の熱[短編小説]
六畳の部屋、腰よりも低く頭よりも高い窓、横に置いた縦置きの本棚、床に直接置かれた16インチのテレビ、紐付きの電灯。
人生で2番目に長く住んだ部屋。
1番目の彼からは男の身体を知り、2番目の彼からは付き合うことの虚しさを知り、3番目に付き合った彼からはこの煙草の銘柄を知った。
「なんで吸ってるんだっけ。」
火を付けたばかりで、ボソボソと燃える先端がつぶやいて、煙草だったものが崩れていく。
「熱ッ。」
手に弾んで床に落ちた灰が、黒く染める。
女は急いで手元にあったティッシュを多めにとって、灰をつまんで、灰皿代わりの空き缶に入れた。
「痛い・・・。」
中指と親指の先が少し赤くなっていた。
女は、だるそうな顔をして外国製の真っ白な煙草を咥えたまま、台所に行き、水を出して指先を冷やした。
「吸うのやめようかな・・・。」
そう呟いても、彼女は水にさらしている指とは逆の指で、器用に煙草を挟み、深く息を吸い、吐いた。
夏が近く、水道管が温まって、ぬるくなってしまって冷やせないなと気付いた女は、諦めて水を止めた。
冷凍庫に入っている、仕事終わりにハイボールを作るために買った氷を取り出し、またシンクの上で指を冷やす。
「かき氷食べたいな。」
女は指を冷やしながら、時折溶けて丸みを帯び始めた氷を舐めて、そう呟いた。
冷えた喉に重たい空気が入ると、少し気持ちが悪かった。
換気扇に油とヤニが溜まって汚いな、いつか掃除しなくちゃいけないな。
指が痛くなるほど冷えて、もういいだろうと思った女は、残った氷を口に入れ、涼しさを味わった。
少し残った煙草を台所にある灰皿に置いたままにしていた。
女が空き缶の中の溜まった吸い殻を捨てようと部屋に戻ると、缶から煙が上がっている。
女は少し焦って中を覗いた。
灰を包んだティッシュが燃えていたのだ。
「・・・綺麗。」
女は、その様子に目を奪われていた。
薄い紙の一層一層を、丁寧に燃やし、赤く光り、呼吸をするように蠢く物体は、今まで彼女が見たことのない生き物のようだった。
無機物の呼吸に息を呑んだ彼女は、それが沈黙するまで、じっと待った。
しばらくして息の根が止まり、ただの屑に成り果てたものに、彼女は少し水をやり、そのままゴミ袋に捨てた。
台所に忘れていた煙草も、もう熱くはなかった。