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英語で笑いをとってみよう(アメリカ留学#7)

 会話には笑いが必要だ。それがたとえ愛想笑いだろうと、笑いを生み出す原因を作り出さなくては、会話は盛り上がらない。不幸話や真剣な話は例外だし、ある程度仲の良い友人同士の会話ならば無理に笑いを生み出す必要はないだろう。しかしそれが仲良くなりたて、もしくは初対面だとしたら、笑いを取ることに意味はある。少なくとも僕はそう信じている。

 大学初日、最初の授業を終えた僕はその余韻に浸ることもないまま、すぐに次の授業へと向かう。次の授業はアカウンティングの授業。僕の専攻であるビジネスに直結する内容だ。自然と気合が入る。最初に受けた健康の授業の教室とは違い、長めのー会議室においてあるようなー机が等間隔で並べられた、比較的広めの教室だった。わらわらと人が集まりだし、皆思い思いの席につきだす。前の授業と同じだ。僕は手慣れた様子で好みの席に座る。やがて先生が現れ、この授業の概要と、先生の略歴などを語り、出席にうつった。

 さすがに初日なので、いきなり授業を行うわけではないようだ。前の授業も似たような感じで、いわゆるオリエンテーションというやつだろう。本格的に始まるのは次回からというわけだ。「初回の授業で隣の人に話しかけよう作戦」は当然実行する気でいた。しかし、そんな隙はなさそうな雰囲気だ。先生が次々とクラスメイトの名前を呼んでいく。名前を呼ばれた生徒は、「I’m here」とか、「It's me」と返事をしていく。

 「へー英語でそういう風に返事するんだ」と思いつつ、僕はちょっとしたアイデアを思いついた。黒田悟というのはペンネームで、本名は別にある。そして僕の本名は「Go Ahead」の響きとよく似ているのだ。そして、そのスペルから一発で僕の名前を呼べるアメリカ人に僕は当時、出会ったことがなかった。なので大方名簿を見ている目の前の先生も呼び方がわからず、十中八九混乱することになるだろうと予測していた。僕が思いついたアイデアとは、そこをつくものだった。先生が僕の名前の発音を聞いてきたタイミング、そこがチャンスだと睨む。そしてついにその時がやってくる。

「<名前がうまく発音できない>・・・How to pronounce it?」

「It's Satoru.Sounds like "Go Ahead"」

「・・・ok」

 それはもう完璧にすべった。「あーたしかに!」という笑いが起こるのを期待していたが、その期待を遥かに下回る結果となった。反省点として一応、「Sounds like~(~みたいに聞こえる)」ではなく、「You can pronounce like~(~みたいに発音して)」と言った方が自然だったな、と後になって思ったが、どちらにせよ結果は大きく変わらなかっただろう。恥ずかしさを隠すため、すべってないよ、みたいな顔をしていたが、でもやっぱり恥ずかしかった。教室は静寂に包まれていた。ほんの数秒だったが僕には少し長く感じた。

「ぶふぉっ」

 そんな中で一人吹き出す人物がいた。僕の目の前に座っている男だ。彼があまりの静寂具合に耐え切れず笑ったのか、僕のユーモアが効いて笑ったのかわからなかった。先生は何事もなかったかのように出席を取り続ける。

 初回の授業、もといオリエンテーションは無事に終わった。すべったことは残念だったが、挑戦した自分が誇らしかった。残念ながら隣の席の人に話しかけることはかなわなかったが、出席の挑戦ができたことで概ね満足していた。

 荷物をまとめて帰ろうとしていると、目の前の男が振り返り手を差し伸べてくる。唯一僕の挑戦の結果、笑みをこぼしたあの男だ。

「Hi. I'm D. What's your name?」

「Hi. I'm Satoru」

「Sounds like "Go Ahead"?」

「Yeah」

 これが僕がアメリカで初めて友人だと思えた男、Dとの出会いだった。Dは笑うと、僕と握手をして教室を出ていく。今出ていくと外で鉢合わせになって気まずくなりそうだったので、僕はわざとおくれて教室を後にした。


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