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「じゃあ、何でアメリカに来たの?」(アメリカ留学#5)

 留学開始から一か月ほどたち、ようやく体がアメリカに順応し始めたころ、僕に人生で初めてルームメイトが出来た。フランスから来た青年で、名前はルーカス(仮名)。ベトナムから来たナムさんと似たような感じで、まだ高校生だという。

 僕の身長は日本人の平均よりちょい高いくらいだが、彼の身長はそれよりも高い。すらっと長い手足に、きりっとした目元。ひげなんかもうっすら生えてたりして、どう見ても年下には見えない。これは彼がフランス、それもパリ出身という先入観からかもしれないが、どこか洗練されている印象を受けた。

「さとる。パリにはパリの、東京には東京のいいところがあるさ。比べるのはナンセンスだよ」

 これは彼と仲良くなろうとして、謙遜で同じ首都でも、東京を下げて、パリを評価したときに彼が言った言葉だ。ナムさんといい、ルーカスといい年下ながら、何か心に残る文言をいうものだ。まあこのケースは謙遜という文化の有無による反応の違いかもしれないが。それでも彼にこう言われたとき、僕は思わず、「こいつかっこいいな」と心の中でつぶやいてしまった。

 ルーカスは一人で来たわけではなくて、同じ高校の同級生何人かと来ていた。どうやらそういうプログラムがある高校らしい。人数は彼を含めて計六人。彼ともう一人を除けば後は全員女性だった。どの子もやはり大人びて見える。不思議だ。フランスパンが主食だとそうなるのだろうか。

 大学の夏期講習は授業だけでなく、生徒を留学生サポートのスタッフ、つまりエドワードが引率して遠足に出かけるレジャーのイベントも含まれていた。その為彼らとは休日でも街に出かけたりすることがあった。

 既にナムさんは国に帰ってしまったのでその場にいなかったが、僕は彼女を真似してなるべく明るく努めて、フレンドリーに彼らに接した。が、なかなか話は弾まない。原因はお互いの英語力のせいだった。フランスから来た彼らだが英語力は決して高くない。レスポンスには時間がかかるし、アウトプットの量もスピードも少ないし遅かった。それは僕にも言えることなので会話がなんとなくぎこちない。自然と、彼らは仲間内でフランス語で会話し観光を楽しむ場面が多くなった。せめてどちらか一方が高い英語力を有していたら結果は変わっていただろうが、一か月でそう飛躍的に能力が向上するわけでもない。仕方がないと諦め、チャンスがあり次第、話しかけるようにすることにしていた。

 自然と、ぼくのほうも同じ国出身の人と話す機会が増えた。留学前には現地で日本人とは絶対に話さない、と固く誓ってはいたが、異国の地で一か月も過ごすと、やはり日本が恋しくなるものだ。(実際はアメリカについた翌日には恋しくなっていた)。夏期講習には僕の他に二人の日本人女性がいた。同い年ということも手伝って、会話は弾んだ。話を聞けば、やはり彼女たちも留学前は英語力向上のために日本断ちを心に決めて渡米したそうだが、すぐに日本が恋しくなったそうだ。そんな留学生あるあるは共感できる部分が多く、彼女たちとはすぐに仲良くなった。

 ある日、彼女たちが住む寮の部屋で談笑している時、「アメリカでしたいこと」というトピックが出た。彼女たちは僕と違い、一年で留学を終えるらしく、残された時間を有意義に使いたいという気持ちが強かった。その中で、アメリカのパーティーに参加したいという意見が出たとき、場の雰囲気が僕の意見で変わることとなった。

 僕は騒がしい場所があまり好きではない。不特定多数の人たちと騒ぐよりは、気の知れた人たちと静かに過ごすほうが好みの性格をしている。だからといって絶対にそういう場に行かないというわけではないが、気分が乗らない限り、積極的に行く気にもならないというわけだ。

「じゃあ、何でアメリカに来たの?」

 僕は何て答えればいいのかわからなかった。僕がアメリカ留学したかった理由は複合的だ。色々な人種が集う国だから、複数の文化を背景の人たちの価値観を知れる、知りたいと思ったし、数少ない自分の得意なことである英語力を伸ばしたいとも思ったし、また当時どんな職に就きたいか決めていなかったから、アメリカの大学でビジネスを英語で学べば、日本のみならず世界でも働ける、つまり選択肢を広げられるとも思った。他にもまあいろいろあるがそんなような理由から僕はアメリカ留学をすることに決めた。しかしその理由の中に「パーティーに行けるから」は含まれていなかった。

 パーティーに行きたいからアメリカ留学するという発想が僕の中にはなくて、でも彼女の中にはある。そのあまりの感覚の違いが衝撃的過ぎて、僕は絶句していた。その様子を見て何か感じ取ったのか、彼女は話題を切り替え、場の雰囲気は徐々に元に戻っていった。しかし、彼女のその質問はそこからしばらくの間僕の中にとどまりつづけた。

 誤解しないでほしいのは、僕は留学の目的は人それぞれでいいと本気で思っているということ。それがこの大学で学びたいことがあるからでも、外国人の友達や恋人が欲しいからでも何でもいいと思っている。ただ、あまりに発想や考え方が嚙み合わない人と過ごすと、それはお互いのためにならないんじゃないかと思うのもまた本当だ。そしてそのことを彼女のこの質問は気づかせてくれた。

 当然彼女も100パーセントパーティー目的で留学したわけではないとは思う。しかしそれでも、まるでパーティー嫌いはアメリカに来るべきではないと言いたげな彼女のその質問には、若干あきれてしまった。同じ留学生でも考え方は違う。自分がこの環境で何をしたいのか、それを考えることは非常に重要だが予想外なところからそのきっかけが与えられたものだ。

 愚痴のような文章になってしまった。何年もたっているというのに、思い返すとあの時の衝撃もよみがえるようで、不思議だ。


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