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続・大学二年の夏休み(アメリカ留学#13)

 チャイ(インド人のシェアメイト)と喧嘩した。夏休みが始まって大体一ヶ月ほど経った頃だ。事の発端は彼が予定を変更しようとしたことだった。大麻好きのシェアメイトYが、寮内で大麻を楽しんでいたことが大学側にバレて退去させられた後、残された僕、チャイ、そしてマックス(ドイツ人のシェアメイト)は交流を深め、近々お酒でも一緒に飲もうと計画していた。僕は授業もバイトもないので、いつでもフリーだったが、チャイは夏期講習があり、マックスはインターンシップ(何処で働いていたかは忘れた)があったので、各々の予定を合わせて飲酒する日取りを決めた。

 そんな中、マックスがいない日、僕とチャイは各々が作った夕飯を食べながら会話を楽しんでいた。チャイは英語が堪能で、なにより訛が他のインド人に比べて弱かった。個人的にフランスとインドの訛は最も聞き取りづらいと思っているので、彼のその訛り具合は会話をする上で非常に助かった。僕の方は人様の訛に口を出せるほどの英語力はなかったが、そんな僕の英語もチャイは理解してくれていたので、会話はそれなりにスムーズで心地よかった。

「さとる。一緒にLAに行かないか?」

 唐突にチャイにそう言われ、僕は少し困惑した。楽しく会話していたとはいえ、知り合って数週間、話すようになってそう時間が経っていないというのに、旅行に誘うものだろうか?これがアメリカ式か?いやいや、チャイはインド人だろ!インドも距離の詰め方はこんな感じなのか?

「LAに友達がいるんだ。どのみち、俺はそこに出かける用事があるんだ。せっかくだから一緒に観光でもしよう!」

 こいつゲイなのか?と正直にこの時僕は思った。僕は別にLGBTQの人々に偏見はないが、自分の性的対象ではない人にそういう対象にされることに抵抗がある。それに、その気はないとハッキリ言うことも必要だろう。特に「NO!」と毅然と言うのが文化のアメリカでは特に。(相手はインド人だけど)

「ホテルは?同じ部屋か?」

「はっはっはっ!おいおい、俺に襲われるかもと思っているのか?安心しろよ。なんなら別の部屋をとってもいい」

 様子見で言った僕の意図を察して、チャイは笑いながらそう言った。どうやらゲイじゃないらしい。それはいいが、なおのこと謎が深まった。いつの間に旅行に行くほど僕たちは仲良くなったんだ?

 チャイの申し出に明確な返事が出来ないまま、会話をしていると、どうやら彼がLAに出発する日が、元々3人でお酒を楽しむ日だった。そうなると話が変わってくる。僕がそのことをチャイに尋ねると、チャイは少し気まずそうに笑った。確信犯だ。彼の態度からそう悟った。

「マックスはどうするんだ?彼に了解をとらないと」

「Fuck Max! Let's go!(マックスなんかいいよ!行こう!)」

 おいおい、いつからマックスと仲悪くなったんだ、忙しいやつだな、と思ったのは少しあと。チャイがそう言った瞬間僕は怒りを覚えた。人と約束しておいて勝手に予定を変更し、そのことについて当人に確認も了解もとらないまま話を進めるのは裏切り行為ではないか。チャイは僕、マックス3人の関係を軽んじている。そう感じで、それが許せなかった。予定を変更したいのならまず事情を説明し、詫びるのが筋ではないのか。彼の道理に反する行為にその時は無性に腹がたった。今にして思えば、何故それほどまでに腹を立てたのかよくわからない。おそらく、当時抱えていたストレスとかが乗っかってしまった結果だろう。

「それは良くないだろ、チャイ。まずマックスに話をしないとさ。元々3人で過ごす予定だったんだからその日は」

 そう努めて冷静に僕は言った。チャイは気まずそうに笑うだけだった。結局、3人でお酒を飲む計画は中止となり、チャイはLAに一人で行った。その間、僕はマックスとご飯を食べに行ったりして過ごした。3日くらい経ってチャイは帰ってきた。彼はいつもの調子で明るく話しかけてきたが、僕は彼と話す気が大分失せていた。怒りのせいというより、失望のせいというのが適当だった。チャイはもっと友情や人間関係を大切にするやつだと思っていたのだ。

「さとる。いい加減期限直してくれ。俺はやれることはやったよ?そうだろ?」

 チャイにLAに誘われた日の翌日、彼は事情をマックスに説明していた。マックスはインターンシップがあるので僕とチャイと同じ時間に出発することは叶わないが、後で車で追いかけられるとチャイの計画に合わせるように動けることを言及していた。つまり、3人で-元々の計画とはズレるが-過ごすことが出来るようにチャイは動いていたのだ。そのことは確かに彼の努力として認められるところではあるが、それでも僕はもう二度と彼とLAに行きたいとは思えなかった。なのでチャイは結局一人でLAに行ったのだ。

「僕は君の態度が気に入らない。こういう場合、まず謝るのが普通じゃないか?それから埋め合わせの提案をすべきだ。僕は君に謝られてないし、マックスに謝っているところも見てないよ」

「先に謝る謝らないは問題じゃないだろ?俺は3人でLAに行けるように動いたじゃないか。…先に謝るっていうのは日本の文化かなにかか?」

 「日本の文化かどうかなんてどうでもいい。そんなことは人それぞれだろう。僕個人の考えと言われたらそれまでだが、悪いことをした、と感じたら人はまず謝りたいと思うのが普通ではないか?謝らないのは悪いことをしたと思っていないからだろう!」そう言ってやりたかったが、英語で全く同じことをスラスラと言う自信が当時なかった。それになにより、彼とそれ以上会話を続けたくなくて、僕は強引に会話を切り上げた。それに対してチャイは何だよ!という感じでため息を吐くと自室に戻っていった。以降、しばらくは彼との関係は気まずいものとなった。これが僕が初めて体験した英語での喧嘩だった。

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