最高のプレゼンテーション(アメリカ留学#10)
これは完全に僕の経験なので、他とは違う可能性を否めないが、アメリカはやたら授業でプレゼンテーションをさせる。僕の専攻がビジネスだったので、それも影響しているのかもしれないが、授業によっては二週間に一回のペースでグループワークをさせたり、発表させたりする。
当然、現地の学生と第二言語でそのトピックについてディスカッションしなければならない。そしてそれは想像以上に僕にとってしんどいことだった。この発表を伴うグループワークのことについては、後でまとめて書こうと思っているので今回は触れないことにする。今回書きたいのは、四年の大学生活の中で、唯一僕が手応え、そして楽しさを感じることができたプレゼンテーションについて。それは英語ではなくスペイン語のプレゼンテーションだった。タイトルは「Mi Casa ideal」。理想の家を紹介するというものだった。
これは初年の二学期目、前期に引き続きとっていたスペイン語の授業で行ったプレゼンテーションで、一人二分ぐらいで自分の理想の家について話すというだけのシンプルなプレゼンテーションだった。家の大きさ、場所、庭付き、プール付きや部屋はいくつだとか、そういったことと、家で何をして過ごしたいとかいうことを二分にまとめて発表するだけ。しかしそれが自分のなじみのない言語でやるとなるとそれなりにハードルは上がるものだ。
とはいえ、僕はそんなに気負っていたわけではなかった。英語でのプレゼンテーションに比べたら楽だったからだ。もちろん、スペイン語より英語のほうが習熟度でいえば格段に上だ。だが、クラスメイト全員が僕のそれを遥かに上回っている。自分より格上数十人相手にプレゼンするのと、教授一人が格上、その他全員同レベルの場でプレゼンするのだったら、後者のほうが気楽なのは推して知るべきだろう。しかも、ぼく個人の意見で今まで誰にも賛同は得ていないが、スペイン語の発音は日本語によく似ている(と少なくとも僕は思っている)ので、発音という面において、クラスメイトの一歩先をいっているという自負があった。事実スペイン語のネイティブスピーカーたちには必ずと言っていいほど発音を褒められている。(まあ、社交辞令かもしれないが、自信につなげるためそこは考えないようにする)だからこそかもしれない。そういう背景があったからこそ、僕はそのプレゼンに、結果的に遊び心を加えることとなった。
プレゼンは二日に渡って行われた。僕は時間が欲しかったので二日目を選び、一日目はただ皆のプレゼンを聞くだけだ。内容は正直退屈だった。なぜなら皆似たようなことばかり言うからだ。「家は大きくて」や、「バスルームはこのぐらいの広さで」など、誰もが想像するお金持ちの家と同じ様なものを発表している。(余談だが、なぜか全員がシャワーとトイレが一緒のユニットバスを理想としていた。不思議だ)。そんな彼らのプレゼンを見て、自分は彼らとは違うことをしたいと思った。一日目が終わり、僕はその日の夜、図書館に行き、備え付けのパソコンを使ってパワーポイントを開く。タイトルはもちろん「Mi Casa ideal」。ここまでは皆と同じだ。
理想の場所について書く。海の近くで、歩いてすぐビーチに行けるような場所。そして家の大きさ。大きな家の画像を貼り付けて、その上に大きなバツ印を張る。わざわざバツ印が浮かび上がってくるアニメーションまでつけた。
次はバスルーム。日本人的な感覚から、トイレと風呂は別がいいと書く。これは一種のアメリカ文化への挑戦ともいえる。
次は寝室だ。ネットからとりあえず大きなベッドの画像を拾ってきて、貼り付ける。ほかの人はタンスだのクローゼットなど追加していたが、それらの単語を覚えるのが面倒でベッド一つだけにした。
次はキッチンとリビングだ。ここについては他と何ら変わらない普通のものにした。「料理が好きだから広いキッチンで」とか、「友達と見たいから大きなテレビがあるリビングがいい」とか本番で言おうと、ささっと作った。そして、外せないのが和室。当然、教科書には和室の表現が載っていないのでGoogle先生に教えてもらい、訳をそのままのっけた。クラスメイトが知らないかもと思ったが、僕の理想の家なのだから仕方がない。(畳を強調するため、わざわざ畳にはアニメーションをつけた)
そして大詰め。その家で何をしたいか話す。これを作っているときに、僕は気づいた。あまりに時間が短すぎることに。プレゼンの条件は二分から二分半。対して僕のプレゼンはここまでで一分に満たなかった。後数スライド足してもよくて一分と数十秒。ゆっくり話したとしても二分には到底届かないだろう。かといって、台本を厚くすることに気乗りはしなかった。なにせその意味とは新しい単語を覚えることと同義だからだ。翌日にプレゼンが控えているのに、今更新しい単語を覚えるのは正直面倒だったし、やりたくなかった。自分でとっておきながら、必修でもない授業にそこまでの熱を注ぐ気にはなれなかったのだ。
そこで僕は仕掛けを思いついた。与えられた時間いっぱいに何かするよりも、内容で勝負すればいいのだと。ただ、このアイデアはうまくいけばよいが、うまくいかなければ相当恥ずかしい思いをするものだ。悩んだが、それでも、僕はやることに決めた。当時の僕にとってそのアイデアは輝いて見えてしょうがなかったのだ。
当日、いつもより早起きをして髪をセットする。教室にいくと、友人のDが声をかけてくる。「なんで髪セットしてんだ?パーティーにでもいくのか?」。僕は「早起きしたから」、と答えた。D、本当はその日が勝負だったからだよ。
勝負の時がやってきた。僕は緊張を何とか抑えながら、はっきりとした声でプレゼンを始めた。タイトルスライド、理想の場所。そして言う。「僕の理想の家は大きくありません。だって掃除が大変だから」。唯一、教授だけ笑う。先述の内容と矛盾しているが、僕はこれを言いたいがためにわざわざ習っていない文法を使用した。だからそれを知らないクラスメイトは意味が分からず笑ってなかったのだ。(そうだと信じたい)。僕はプレゼンを続ける。
お風呂とトイレ、二つの画像が張り付けられたスライドを見せる。何人かが笑顔を見せる。意外と理解があるようだった。続いてベッドだけしかない寝室のスライド。「寝室には大きなベッドがひとつあればいい。僕は寝るのが大好きだから」。悪くない反応だった。声を出すほどではないが、何人かは笑顔だ。雰囲気が柔らかくなる。キッチン、リビングのスライドを見せる。特に反応はなし。しかしそうなるだろうことは予想済み。問題はない。プレゼンを続ける。
和室のスライドを見せると、クラスメイトから興味深そうな視線を受けた。僕は別に愛国者を自称するほど日本という国に心酔してはいないが、日本が受け入れられたような気になってうれしかったのを覚えている。教授も「あら、いいわねー」っていう感じだった。
そしていよいよ、仕掛けのスライドがやってくる。「その家で何がしたいか」。僕は知っている単語を組み合わせて三つの事柄を用意した。「読書」、「友達とゲーム」、そして映画鑑賞だ。仕掛けはこの映画鑑賞にある。当時、世界的にアベンジャーズ(アメコミ映画)が流行っており、僕もファンの一人だった。そのプレゼンの日はそのアベンジャーズの最新の映画が公開されて日が余りたっておらず、熱がまだ残っていた。そこを利用しようと考えた。「家では読書したり、友達とゲームしたり・・・」
映画見たいです」。そう僕が言うとともに大音量でアベンジャーズのテーマ曲、そのサビが流れた。
教室で爆笑の渦が起こった。
プレゼンで音楽を流したのは僕が初めてで、しかもそれが馴染みある映画のテーマ曲、しかも最も盛り上がるサビの部分。仕掛けは成功した。教授を含むクラスメイトの皆が手をたたいて笑い、その日いちの盛り上がりを見せた。そのまま僕のプレゼンは終わった。気分は爽快だった。誰も、僕のプレゼンの短さには気づいていない。最高のプレゼンだった。
「よかったよ、悟。俺の真似をしたな?」
そうDに言われて思い出す。そういえば彼も前期のプレゼンで冒頭から音楽を流していた。でもそれは、音量があまりにうるさかったので早々に消していたのだ。
D、上から言わせてもらうが、君より僕のほうが音楽の使い方はうまかったよ。今度は僕の真似をするといい。
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