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「全滅」——『さよならデパート』ができるまで(7)

では前回に引き続き、本編の章ごとに制作過程を振り返っていく。
第2章「全滅」だ。

これを明かしたせいで私の席がなくなってしまうのは困るのだけども、知ってほしいことなので書いておく。
図書館での「マイクロフィルム閲覧」は素晴らしい娯楽だ。

山形県立図書館には、明治9年から昭和52年までの山形新聞(途中改題あり。置賜・庄内地域の新聞もあり)がフィルムとして所蔵されている。
2階のカウンターに「◯年◯月のものが見たいです」と申し込むと、フィルムを機械にセットしてパソコンの画面で見られるようにしてくれるのだ。

これが楽しい。
基本的には大沼や山形の商業にまつわる出来事、広告などを確認するために閲覧するのだけど、当然ながらワード検索はできない。1枚1枚紙面を送っていき、焦点をあちこちにさまよわせて欲しい記事をつかまえるのだ。
どの時代かにもよるけど、1ヶ月分に目を通すのに、だいたい40分くらいかかっただろうか。
山形にとって転機となる出来事はさまざまあるので、その年の前後に狙いを定め、ひたすら記事を追う。これを繰り返した。

そうしていると時折、どうも興味を引かれる記事に出合う。
たとえば「小姓町遊郭にこのたび入った娘はえらく器量がいいとのうわさだ。本当かどうかは読者諸君が確かめてきたまえ」といった内容や、「料亭◯◯の誰々は愛人の子どもらしい」など。
おそらく事実確認などしていないだろうという、前時代的なゴシップが満載だ。いや、実際に前時代なのだけども。

前作を書いている時に知ったのだが、明治時代の新聞というものは「一発当てて儲けてやろう」という商売でもあったそうだ。醜聞をばらまいて人々の好奇心を誘い、どんどん売ろうじゃないかの姿勢だったのだろう。おかげで、私の調査もずいぶんと足止めを食らった。

たけど、それが良かったのだと思う。
寄り道をしているうちに、何となくだけど、その時代に生きているような感覚が生まれてくるからだ。
紅花商いで城下町がにぎわい、遊郭の通りが男たちの熱気に満ち、いよいよ鉄道が敷かれる歓喜を、私も体験した気になる。
それは、きっと本編の文章にも反映されているのではないかと思う。私の技術さえ付いていっていれば、だけど。

最近の記事はデータベース化されているので、「大沼デパート」とキーボードで入力すれば、寄り道なしで欲しい情報を得られる。時間の節約という意味ではありがたいし、正直、昔の新聞もそれができるようにしてもらえればすごく助かる。
だけど、大量の文字を旅する宝探しは確実に私を成長させてくれたし、何より没頭させられた。小学生の頃に「天外魔境Ⅱ」に打ち込んだ思い出がよみがえるほどの熱中だ。
コロナのおかげで図書館の利用時間制限ができた時などは、本当に残念だった。お母さんに「ゲームは1日1時間まで」と言い付けられている子どもたちの気持ちが分かる。

【ここから本編のネタバレ】

そんな熱中のおかげで、すっかり仙台への対抗意識ができてしまった。
『さよならデパート』に書いた通り、昔、東北経済の中心地は山形だったそうだ。

江戸時代に紅花や青苧(あおそ)という植物が大都市で人気を呼び、それを商いに出向いた近江商人たちが、帰りの足で都会の品物を山形に運んできた。それは山形を華やがせただけでなく、秋田や仙台にも恩恵をもたらしたのだ。

ただし明治維新後に蒸気船が太平洋側を走り始めると、一気に形成が逆転する。交易の拠点が仙台港に移ったからだ。
山形はその不利を抱えただけでなく、鎖国が解かれたことで侵入してきた「洋紅」に、紅花の価値を奪われてしまう。良質な繊維の材料だった青苧もまた、時代の流れによって「生糸」にその地位を譲ることになった。

以降、山形はかつての栄光を引きずりながら、何とか仙台に近づこうともがき続ける。明治から今まで、ずっとだ。
そんな姿を資料で追っていると、どうも肩入れしてしまう。

これまでは「買い物に行くなら仙台だよね」という言葉に、何となく同意していた。実際、私も高校の頃から仙山線やバスを使い、仙台によく出掛けた。高いビルの連なる間を歩くと、大人になった気がして誇らしかったものだ。似た経験をした人は多いだろう。

そんな青春の裏で、山形の中心街は疲弊していたのだ。
単に魅力が及ばなかったとか、人口の差だとか、理由はいろいろあるだろうけど、土地の生い立ちを知ってしまうと、そんな冷酷な言葉で切り捨てられなくなってくる。
「情」というものなのだろうか。

【ネタバレここまで】

だから、第2章「全滅」は書いていて体が熱くなった。
当時、痛烈な皮肉を味わった商人たちは、こんなものではなかっただろう。

次は第3章「鬼」だ。
私は悪役を書くのが大好きなので、次章の「彼」を書いている時が一番楽しかった。

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