「摩擦」——『さよならデパート』ができるまで(16)
「圧倒的な規模のデパート」vs.「小さな商店」
この対立の激化を描いた章だ。
ふと「元エレベーターガールの話が欲しい」と頭に浮かんだ。
短絡的な思い付きかもしれない。でも、デパートの本にはやっぱりエレベーターガールが必要だと考えた。「駄菓子詰め合わせ」と言われて、キャベツ太郎が入ってなかったら拍子抜けだろう。そんな感じだ。
とはいえ当てがない。
例えばふらりと入ったバーで、奥のカウンター席に座った婦人が、きれいに後ろでまとめた髪に少しだけ白いものを忍ばせながら
「あたしも昔はデパートでね、日がなエレベーターを上下させたものよ。あの時は本当に上下させたわ」
などと語っていたら、即刻取材を申し込むだろう。
「山崎」の12年だか18年だか分からないけど、とにかく長いやつを差し入れて
「私で良ければ、お話を聞かせてください」
ってなもんだ。
氷の音、からーんだ。
だけど一人でバーに入る勇気がないので、TwitterとかFacebookとかで呼び掛けてみた。
親切な人がたくさん居るもので、私の投稿は拡散され、いくつかの手掛かりを得た。
元エレベーターガールとの対面がかなうかもしれない。
上気した。
けど、つかの間だった。
「まだ継続中の事件ですから、わたしからは何もお話できません」
その言葉で我に返った。
そうだった。
大沼の破産は、たくさんの不良債権と失業者を生んだ現在進行中の事件なのだ。
理性が好奇心に食われると、こういう基本を忘れてしまうことがある。
ありもしないバーを妄想して、氷の音からーんとかやってる場合ではないのだ。
私は自らに反省を促しつつ、協力してくれた方に礼を伝えた。
続報がやって来たのは次の瞬間だ。
「うちの職場に居ますよ。頼んでみましょうか」
もう、理性が好奇心にばっくりと喰われまして。
ちゃおちゅ〜るの開封を察した猫みたいに飛び付いた。
しばらくして
「OKでした。本人の電話番号を送ります」
と返事が来た。
——でかした! やってくれたじゃねえか!
かなり失礼な独り言が漏れる。
対面・電話のどちらでもとのことだ。
コロナ禍にあって、「対面可」の条件は貴重だ。
早速、もらった番号に発信する。
出ない。仕事中だろうか。
半日ほど折り返しを待ってから、番号宛にメッセージを送った。
先日紹介を受けた人間である旨、日時はお任せするので会ってお話ししたい旨を伝える。
またしばらく間を置いてから、メッセージで返信があった。
「会うことはできません」
とっさに、自分のメッセージに失礼な部分があったかと思った。
読み返してみるけど、おそらくそういった要素はない。
となると「対面可」は伝言ミスなのかもしれない。
お願いを「電話取材」に切り替えて、再びメッセージを送った。
来ない。
返事がない。
そのまま数日が経った時、道で偶然、その方を紹介してくれた人に出くわした。
これまでの経過を伝えると、「じゃあまた本人に確認しておきますよ」と答えてくれた。私は頭を下げて待つだけだ。
「何かですね」
続報があった。
「『そっちが取材を希望してるんだから、わたしから連絡をするのはおかしいでしょ』ってことみたいです」
……何だって!
つまり、「わたしが都合のいい時を察して電話してこい。出られるときは出る」という返事らしい。
私は一休さんにでもなったのかと思った。頭は丸めているけども。
同じ職場だということなのでその方のシフトを聞き出して、休日を狙って電話をかけてみる。
出ない。折り返しもない。
そんなことを続けているうちに、こちらの心がバッキリと折れてしまった。
何だか迷惑電話を繰り返す業者みたいに思えてきたのだ。
そうなったら、紹介してくれた人にも悪い。
悔いを残しつつ撤退を決めた。
おそらく、何かのきっかけで心変わりがあったのだろう。
やっぱり、大沼のことは「現在進行形」の事件なのだ。
だけど『さよならデパート』にはエレベーターガールが登場する。
短いけれど、喜びも悲しみも感じられるエピソードだ。
誰から話を聞けたのかは、本書にて。