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「脱落」——『さよならデパート』ができるまで(22)

平成編の始まりだ。
章題が示す通り、昭和期に大沼と斬り合ったライバルたちが、新しい時代になぎ払われて次々と脱落してゆく。

ミキさんという協力者を得たのに加え、ここまで来ると資料調査が格段に楽になる。平成以降のことはネット上でさまざまな情報が手に入るし(もちろん精査は必要だけど)、何より図書館に行けばキーワード検索で目当ての記事を探し出すことができるのだ。

例えば山形新聞のデータベースを使用したとしよう。
検索窓に「大沼」と入力すれば、大沼について書かれた記事が画面にずらっと並ぶわけだ。中には「大沼さん」という人が誰かにいい肉をあげて褒められた、みたいな記事が出てこなくもないけど、それを除外するのは簡単だ。

何しろ、明治・大正・昭和中期くらいまではデータベース化がされていないので、総当たりで関連記事を探すしかなかったのだ。数時間かけて昔の新聞をめくり続けて、目当ての記事を見つける。そんな毎日だった。
次第に「デパート」の文字列に視覚が敏感になっていったものだ。紙面を一瞬見渡しただけで、デパート関連の記事をつかまえることができるようになった。たまに「アパート」だったりしたけども。

資料調査の負担が少なくなったので、原稿はすいすい進んだ。
そうなると、これまで後回しにしてきたことにいよいよ着手しなければならなくなる。
装丁、主に表紙のデザインだ。

序盤の回にも書いたけども、郷土史本というのはデザインが堅苦しい。
せっかく面白いことが書いてあるのに、いかにも専門的な知識を持っていないと読めないかのような雰囲気をばきばきにまとっている。

そうはしたくなかった。
大沼デパートの外観写真をデンと載せて『さよならデパート』。まあテーマは分かりやすいのだけど、やはり読者を選ぶだろう。
かといってデパートの姿がないのも伝わりづらい。

じゃあ絵にしよう。
くすんだ色合いのデパートを背に、少女が歩いている。
笑う少女の視線の先には、イオンモールがあるのかもしれない。
そんな構図を、前回書いたように自宅とブックオフとを往復しながら考えた。

まずはデパートからだ。
天気のいい日に撮っておいた大沼デパートの外観写真があるので、それを参考に描くことにした。
とはいえ、建物を描画する心得がない。最初の線をどう引けばいいか分からない。そこで遠近法に関する本を買って基礎の勉強から始めた。

知らないことを知るのは楽しいもので、遠近法を学ぶのに夢中になった。
今まで何げなく読んでいた漫画も、こういった法則に従って、または意図的に法則を外して描かれていたのか。部屋で一人感嘆を漏らしながら、まあ、たまにネットで面白画像を閲覧したりもするのだけど、とにかく遠近法の基本を身に付けていった。

「ひとり出版社」のいい所なのかもしれない。
大手の事情を知っているわけじゃないのだけど、著者と装丁者は別であることが圧倒的に多い。「これなら売れるだろう」と企画されたデザインに、著者が納得できないという場合もきっとあるんじゃないかと思う。

その点、スコップ出版は私が全てを決める。
「独りよがりになりがち」という危険はあるし、著者として、編集者として、営業担当として、とバランスよく視点を切り替えていかなきゃと自戒することも多々だ。取材に協力してくださった方々を背負っているということも忘れちゃいけない。
けども、自力で仕上げた作品を抱えて世に突撃するという体験は何物にも変え難い。エキサイティングで、スリリングで、「おお、生きてるな」って感じだ。

しばらくして、画用紙に鉛筆で引いた線たちはパソコンの画面に収まった。
威勢のいいことを書き連ねたけども、先に打ち明けておこう。
本作りの地獄はここから始まるのだ。




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